ことばのはおと
■ことばのはおと <カフェ>@油小路下長者町下る■
http://www.kotobanohaoto.net/





引き戸を開けて中に入ると土間があり、そこで靴を脱いで左手の部屋にあがる。

土曜日の午後だから満席かもしれない、と思って見渡すと、
入ってすぐ横の小さな机のところが空いていた。
戸にもたれかかるようにして座布団に腰を下ろし、ほっと息をつく。
どうやら少し前にお客さんがまとまって来店したようで、
そちらのオーダーを出すのにしばらくはかかりっきりのようだ。
珈琲を頼んでおいて、かばんから本を取り出し、ゆっくり読み始める。


古い町家をほとんどそのまま使ったこの店は、(一席をのぞいて)すべて畳、
机もなんだか古びた感じの食卓である。
壁側には本棚があって、いろいろな本やら雑貨やらが並ぶ。
よく耳にする感想――「おばあちゃんの家に帰ってきたみたい」。
間違っていない。

けれど僕の場合はむしろ、

高校まで過ごした家に、とてもよく似ている。


畳が新品ではなく微妙にくたびれ、なんとなく傾斜しているような気がするあたりとか、
お手洗いに行くのにいったん部屋の引き戸を開けて縁側のほうに出ていくところとか、
前の道をたまに大きな車が通るとガラス戸がかたかた音をたてるところとか。

百万遍にある「おむら家」の二階もこういう感じだが、
決定的に大事なのはこの店が平屋で外との距離がとても近い、ということだ。
それに、多くの「町家カフェ」と違い、ここは全然「改造した」感じがしない。
これほど懐かしさを覚える場所を、僕はほかに知らない。


積ん読状態だった小説、『天地明察』を読むにはどこがよいだろう、
と考えて思いついたのがここだった。訪問は二回目。
たぶん目下好きなカフェの第一位だと思うが、頻繁に通う気にはなれない。
特別な感情を呼び起こす場所だからだ。
一度座ってしまうと、帰りたくなくなる。

・・・とりわけ、いま自分のしていることに多少とも疲れを感じているような場合には。


「いったいいつの間に、こんなに遠くまで来てしまったのだろう」




珈琲が運ばれてきたとき、入店からすでに20分くらい経っていたのではないかと思う。
珈琲だけなのだから先に出そうと思えば出せそうなものだが、
ちゃんと先に来たお客さんの食事を優先するところが好きだ。
ここでは、お店の人も客も、まったく急ぐ必要がない。

だからついつい、長居をする。

『天地明察』は科学史を題材とした話だからそれはそれで面白いのだが、
基本的にはこれは主人公・渋川春海の成長を描いたお話である。
江戸時代、算術を駆使して改暦に挑んだ男の物語。
何度かの挫折と奮起、彼を取り巻く人間模様、そして最後に訪れる成功――

陳腐と言えば陳腐だ。けれどそれが時には、


読み手に力を与える。





勢いで一気読みした。
結局4時間くらいいた。
辺りが暗くなってくるころには、お客さんもだいぶ少なくなっていた。


帰ろう、と思った。


 「だいたい、なぜなのです?」
 「……なぜ?」
 「なぜ、あなたはここまでするのですか?」

 (中略)

 「私は、算術に救われたんだ」
 素直に言った。それ以外の答えが見つからなかった。
 「だから、恩返しがしたい。算術と、素晴らしいものを見せて下さった方の、両方に」


帰ろう。疲れたらまた、来ればいい。
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by ariga_phs | 2010-04-10 20:28 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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