CAFE air
■CAFE air <カフェ>@高野川沿い、北大路通そば■

(久しぶりにまともな記事を書く。)





朝夕、少しは涼しくなった。
通り過ぎていく風が、どこか、秋めいている。
そういう、まだ到来していないものの気配を感じる瞬間が好きだ。



買い物をするため遠出したついでに、足をほんの少しだけ延ばす。
北大路通から川沿いの土手道に入ってすぐ、文字通りの川沿いにこの店はある。

テラス席で風を感じようと思ったのだった。
けれども残暑の厳しい、厳しすぎるくらいの真昼間で、さすがにそれは躊躇われた。
逡巡した挙句、誰もお客さんがいないからとこじつけて内に入り、一番奥に席を占める。
風が遠くなる。



趣味で来たのは確かだが、単に趣味で来たわけではない。
注文をしておいて、さっそくドイツ語の問題集を取り出した。

ここ一ヶ月ほど復習を続けていてよくわかったのは、
ドイツ語が今まで全然身に付いていなかったということ。
これで一ヶ月ドイツに行こうというのだから我ながらあきれるが、
しかし今回の主目的は18世紀のフランス語史料を調査することなのだから
本来ドイツ語は要らないはずではないのか、と思わなくもない。

フランス語文献を調べにドイツに行く、という不思議。
そこはドイツなのか、それともフランスなのか。



科学史の道に進んでからわかるようになったことの一つに、
ヨーロッパと一口に言っても国・地域によって空気感がまるで違う、ということがある。
少なくともフランスとドイツとイタリアでは大きく違うし、
イギリスだと例えばイングランドとスコットランドでだいぶ雰囲気が違う。
そういうことを感じるようになるにつれ、かつて科学史で議論されたような、
「西洋の」あるいは「ヨーロッパの」科学という物言いに懐疑的になっていったのは否定しない。

けれども最近、逆のことも思うようになった。
自分が普段、日本で生活している以上、イギリスとかドイツとかフランスとかいう以前に
まずヨーロッパが来るのは当然のことではないか。
現地で生活しなければ感じられないそれぞれの国や地域の微妙な差異は当然あるだろうが、
そこから遠く離れて外側から眺めるからこそ見えやすくなるものもあるはずではないのか。
むしろそこで勝負しない限り、自分に勝ち目はないのではないだろうか、等々。

アイスコーヒーの適度な苦みが美味しい。
空調が効きすぎていないのもいい。
ドイツ語は格変化が難しいことに尽きる気がする。
それにしてもこの店はイタリア系なのだろうか(名前はどう見ても英語だが)。

ある人の話では、フランス人の科学史家が、ドイツはだいぶ様子が違うと言って驚いていたという。
また別の人の話では、18世紀のフランス的文化はドイツの文学史などでは評判が悪いという。
フランスとドイツの境界にあって、どちらからも入りづらい場所。

しかし、ヨーロッパであるには変わりない。



長時間居座らせていただいた店を出ると、夕方になっていた
(ドイツ語だけをしていたわけではない、念のため)。
川沿いなので、風がいっそうよく通る。

ドイツはすでに、秋深し、という感じだろうか。
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by ariga_phs | 2010-09-12 23:18 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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