平川『科学は誰のものか』(2010)
平川秀幸『科学は誰のものか:社会の側から問い直す』
NHK出版(生活人新書)、2010年。



科学技術と社会との関係はどうなっているのか、またどうあるべきなのか。
問うのは簡単だが、答えるのはとても難しい。

****

科学技術社会論(Science, Technology and Society, 略してSTS)とは、
科学技術と社会との関わりについて、人文・社会科学の立場から
学際的に研究する学問分野である、とひとまずは言うことができる(※)。

帯にある、「STS入門の決定版」という触れ込みは、たぶん間違っていないだろう。
この分野で扱われる主な問題や考え方、研究と実践の最前線までが、
ちゃんと脈絡をもって語られているという印象だ。
新書ということもあってか、語り口もそれなりにくだけていて読みやすく、
しかし議論のレベルは決して低くない。

内容としては、科学技術が純粋な「夢と希望」から
「社会問題」に変わっていった経緯がまず述べられ、
そこから科学技術の「ガバナンス(協治)」の必要性が説かれる。
次いで、科学技術がなぜ社会問題となってしまうのかを、
言わば科学技術の持つ本質的な特徴から解き明かし、
ではそうした厄介な側面を持つ科学技術とどう付き合えばよいのかについて、
個人レベルから組織レベルまでのさまざまな方策が提示される、
という構成になっている。

この本の直接的な論点ではないが、僕個人の関心で「なるほど」と思ったのは
テクノロジーとは何かについての説明で、それは
「特定の現象[中略]が規定の範囲内で起きるように細かく調整された物理的条件を
パッケージ化したもの」(p.114)
「その因果関係に関する科学知識の成立条件を人工的に整え、作りこんだもの」(p.137)
だとされている。
さらに著者は、「テクノロジーを社会のなかで作動させるために、
外の世界を実験室と同じ条件が成り立つ環境に変えること」を
「世界の実験室化」(pp.137-8)と名付けているのだが、
これは使わせていただこう、と思う。

とはいえ、この本が一番優れているのは、著者の研究上の立場が
明確に打ち出されているところだろう。

「ありもしない「価値中立的な科学技術」ではなく、
善い科学技術」(あるいは、少なくとも「より悪くない科学技術」)とは何か、
「誰にとって善いのか」を探ること。それこそ、科学技術のガバナンスの
一番の目的だと僕は思う」(p.133)

科学技術は社会問題だと思う人にも、異論のある人にも、まずは一読を進めたい。
何事にも準備というものがある。

****

著者は阪大の先生。
分野としても物理的な距離としても近かったのだが、直接お会いしたのは一度だけ
(勉強会で実験室の人類学の話が取り上げられたときに、ゲストとして来られた)。
確か本人がおっしゃっていたところでは、STSの専門家を自認する
日本でほぼ唯一の研究者(!)とのことだったが、この本は面目躍如、という感がある。

****

(※)補足しておくと、STSという略語にはよく似た二つの用法があって、
この本が扱っているのはScience, Technology and Society.
科学技術社会論と訳され、どちらかというと、社会問題としての科学技術についての
研究・実践という色合いが濃い。日本でSTSと言われる場合はたいていこれで、
「科学技術社会論学会」という学会もある。

これに対して欧米では、Science and Technology Studiesという言葉がある。
(強いて訳すなら、科学技術論、だろうか?)
この場合はどちらかというと、科学や技術とはどういうものなのか、
それはどのように行われているのか、といった一群の研究を指すようだ。
科学哲学・科学史・科学社会学がその主要な構成領域で、
要するに科学・技術そのものについてのメタな視点からの研究、ということになる。

私見では、前者が応用、後者が基礎、という関係になると思うが、
科学技術と社会の関わりについて考えようという場合、
いきなり素手で取り組もうとする人がけっこう多いらしい。
僕はそれは危険だと思う。社会問題が現に誰かにとっての問題である以上、
取り扱いには細心の注意を払うべきだ。
この本で、せめて手袋くらいははめておきたい。
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by ariga_phs | 2011-02-01 23:59 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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