中根「ε-δ論法」(2009)
中根美知代「ε-δ論法による微積分学の形成におけるCauchyとWeierstrassの寄与」
『科学史研究』第48巻(2009年)、142-151頁。



大学で理系(数物系)だった人でないと知らないかもしれないが、
微分や積分をきっちりと定義するために使われる、
「ε-δ論法」という非常にまわりくどい緻密な議論のやり方がある。

あまりに抽象的であるがゆえに、高校から大学に上がった理系の人が
これで数学を嫌いになる、という話もあるのだが、
誰がどうやってそんなものを考えたのか。

****

この論文では、コーシー(Cauchy)とワイエルシュトラス(Weierstrass)という
二人の人物が、「ε-δ論法」の形成にどう貢献しているのか、を論じている。
(ちなみに前者は19世紀前半、後者は19世紀中頃に活躍した。)

コーシーについては、今日のような「ε-δ論法」の記法を用いてはいないものの、
やっていることを見ると事実上それに到達している、という評価がなされている。
特に、従来の数学史でコーシーの至らなかった点として挙げられていた、
一様収束(というものがあるのです)の認識が欠けているということについて、
そもそも当時の数学者の常識に照らすとそんなものを考え付くはずがない、
という議論をして、コーシーの業績を擁護している。

ワイエルシュトラスについては、彼の未公刊の講義ノートを検討した結果、
そもそも論理の構成がコーシーとはまったく違うことを明らかにしている。
特に、コーシーとは違って、ワイエルシュトラスが極限(というものがあるのです)
「視覚的なイメージ」抜きで議論していることが強調される。
個人的には、この、数学におけるイメージの重要性(あるいは非重要性)というのは
とても興味があるところだ。

もう一つ、この論文のポイントは、二人の人物の比較だということである。
数学史の場合、ある人物のやったことが現代と比べてどうなのかという話に
なることが多いのだが、ここでは時間的に前後する二人の人物を取り上げたため、
互いに参照しあう関係になっていて、現代との比較はさほどしなくて済む。
いわゆるホイッグ史観(現代を基準にして過去に優劣をつける見方)を避けるための
有効な方法だと思う。
#ただし、そもそもホイッグ史観のどこが悪いのか、というのはまた別の話として
考える必要があるだろう。

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著者は前々からお世話になっている方で、現在のご所属は立教大学。
ご専門は19世紀を中心とした解析学・力学の歴史。
昨年、ε-δ論法の歴史についての本を出されている
(この論文の内容もそこに含まれる、とのこと)。

関係者による「新年会」に参加してきたので、この機会にご紹介してみた。
数学史や物理学史のテクニカルな内容まで踏み込んだ論文だと、
同じ科学史の人でも必ずしもついていけないと思うので、
こういう形で話の大筋だけでも説明していけたら、と思う。
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by ariga_phs | 2011-02-03 23:59 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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