川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』
川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』新潮社、2003.



ずいぶん前に、So What?で最初の一話か二話を読んだ。
しばらく経って、続きを読もうと思ったときには、見当たらなかった。
単に見つからなかっただけか、どこかに行ってしまったのかはわからない。
なのでそのまま放ってあった。

最近になって、ブックオフで単行本を見かけた。
105円。
この作家が好きな自分としては、買わないと申し訳ないような気がした。
・・・この本に限っては、手元に置いておくつもりはあまりなかったのだが。



古本で105円なのに、帯がちゃんとついていて、そこにはこうある。

「とめどないこの世に、真実の愛を探してさまよった
男一匹ニシノユキヒコの、恋とかなしみの道行きをたどる十編。」

「はてしなくしょうもないニシノの生きようが、切なく胸にせまる、傑作連作集。」

小説の帯やカバーの文句というのはたいがい的を外しているものだと思うが、
この作品に関しては、なかなかうまく言い当てている、と思う。
なかでも、「はてしなくしょうもない」というのがいい。
この男を形容するのに、これ以上ぴったりくる言葉はなかなかないだろう。



十人の女性が、ニシノユキヒコを思い出して語る、という体裁をとっている。
思い出されるニシノユキヒコの年齢はさまざまで、高校生だったり大学生だったり、
会社員だったり自分で興した会社の社長だったりする。
一貫しているのは、つねに多くの女性との関わりを求めていたという点である。

どこにでもいそうで、しかしどこにもいない、というのが、この作品の妙だと思う。

単に浮気性なだけなら、どこにでもいる。
女性に好かれるタイプというだけなら、珍しくない。
けれどもニシノユキヒコの場合、それは完璧なほど自然な属性になっている。
そしてこの属性の裏返しとして、彼は誰も愛することができない。
愛そうとしても、「滑らかな無関心」が相手の気持ちの表面を滑っていく。
滑り落ちずにいられるだけの摩擦が、その心に欠けているのだ。

「しょうもない」――しかしそれがあまりに「はてしない」から、
喜劇のはずが悲劇になる。
そこにこの作品の魅力がある。

・・・が、そんな人間は、まず普通いない。



そもそも、ニシノユキヒコなる人物は本当にいたのだろうか。

十編のそれぞれで、語り手となる女性たちはみな、「彼」のことをさまざまに呼ぶ。
「ニシノさん」「西野君」「ユキヒコ」「幸彦」「西野くん」「ニシノ」「ニシノくん」「西野さん」。
これらすべてが同一人物だという保証は、実のところ少ない。
自己同一性を担保するもの、つまり本人の語りがこの作品にはないからだ。

結果として、「ニシノユキヒコ」とはどういう人物か、なんとなくイメージは摑めても、
その具体像は最後まで不明なまま残される。
もちろん、核心的な過去の話――姉がいたこと――は何度か出てきて、
それが「彼」の彷徨にとってたぶん決定的だったのだろうということはわかる。
けれども、本当にそうなのかどうかはやはりわからない。
十の語りが重なって、その影は濃さを増していくが、実体化することはない。
川上弘美の作品の特徴だが、輪郭はいつまでもぼやけたままだ。



「しょうもない」男なら、掃いて捨てるほどいるだろう。
しかし「はてしなくしょうもない」男は、そう滅多に存在するものではない。
世界は確かに「とめどない」が、人はまず、そのスケールには達しない。
今回最後まで読んでみて、なんとなくそんなことを考えた。
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by ariga_phs | 2011-02-10 21:52 | 斜めから読む
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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