佐藤「発生生物学の黎明」(2010)
佐藤恵子「発生生物学の黎明:ヴィルヘルム・ルー試論」
金森修編著『科学思想史』(東京:勁草書房、2010)、67-125頁。



ルーって誰だ、という向きも多いかと思う。
(僕も名前をちょっと聞いたことがある程度だった。)
簡単に紹介しておくと、
19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの科学者で、
発生学に実験的手法を導入してこの分野に革新をもたらした人物、
ということになるようである。

この論考は、基本的には発生学者としてのルーの軌跡を追っているのだが、
同時代の生物学の状況についてもわかりやすく解説されていて、
このあたりの話題の概説としても有用と思う。
僕自身が物理学史系のため生物学史方面は不勉強ということもあるが、
この時代(19世紀後半)の生物学
(より適切な言い方をすると、形態学、生理学、進化論などの総体)
がどんな状況にあったのか、だいぶ見えてきたという気がする。

その一例として特に面白かったのは、ルーが初期の発生学研究において
系統発生の原理を個体発生に適用しようとした、という話。
もう少し具体的に言うと、胚から生物体が発生してくるとき、
細胞などのあいだで「闘争」が起こって特定の形態ができあがってくる、
というのがその主張で、進化論の考え方が個体発生に持ち込まれている。
「個体発生は系統発生を繰り返す」というのは、ヘッケルという
極めて影響力のあった形態学者の有名な説(生物発生原則と言う)で、
そのこと自体は知識としては知っていたのだけれど、
この原則が具体的に使われていた事例については知らなかった。

なお、ルー自身のこの研究プログラムは結局うまくいかず、
最終的に「発生機構学」という新しい方向へと進むことになる。
それはそれで興味深いのだが、僕としては、
ここで「機構学」と訳されている言葉が
ドイツ語のMechanik(力学)なのがどうしても気にかかる。
しかもルーによれば、これは発生のKinematik(運動学)と
Kinetik(運動力学)からなるのだそうで、
このあたりの用語は完全に力学のものなのだ。
そういう力学用語の転用には以前から興味があるのだけれど、
これは相当わかりやすい事例なので何かに使えるかもしれない。
(自分用メモ:T&T'がこの用語法の初出ではなかったか・・・?)

著者については、失礼ながら僕はまったく存じていなかった。
畑[フィールド]が違うと同じ科学史でもまったく勝手がわからない、
ということを改めて感じる。
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by ariga_phs | 2011-02-22 19:36 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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