物理屋と歴史家
昨日は理学研究科・物理での講演(セミナー)だった。



朝、ここしばらくのあいだ滞在していた滋賀県内の実家から、
電車に乗って京都に向かう。
午後の講演スライド(を印刷したもの)を手に、
頭の中でリハーサルをしているうちにあっという間に京都に着く。
いったん、いまは有賀さんの家ではなくなった妹夫婦のマンション
(つまり僕がこれまで住んでいたところ)へ行き、荷物を置いて大学へ。
講演で使うための本を図書館で借り、理学研究科の建物に向かった。

開始時間になっても人があまり集まらず、セミナーは10名程度で開始した。
途中で入ってきた人をあわせると、最終的には20名くらいだったように思う。
昨年行ったときの回と、先日の後輩の回からすると、
お客さんの数は予想外に少なく、たぶんその半分程度だった。

がっかりしてモチベーションが急降下しかかったところで、
「自分が楽しんで来い」というアドバイスを思い出して気を取り直す。
そのおかげか、自分の満足度ということで言えば悪くない発表になった。
けっこう途中で舟を漕いでいる人も多かったりしたのだが、
それは部屋の暖房がちょうどいい感じだったせいだと思っておきたい。

ご年配の先生方が三名ほど聴きに来られていて、
コメントや質問などを多数いただいた。
中にはとても鋭い、物理学者ならではの問題意識からの質問もあって、
僕としても今後、ぜひ念頭に置いておきたいと思った次第である。
(自分のためにメモしておくと、ラグランジュの場合、
力ではなく作用のようなものをプライマリーなものとして置くという態度が
あったのかどうかというのが一つの重要な論点で、
僕はそういう態度はそこに認められないと思う。
では、いつどのようにして作用のような概念を中心に据えて議論するという
事態が生じてきたのか。これが問われなければならない。)

またそれとは別に、当時の本の価格や流通はどうなっていたのかという、
素朴だが鋭すぎる質問があった。
一般の人からの質問をなめてはいけない、と改めて思い知らされる。



ところで、今回の講演で、一つ特に感じたことがあった。

僕自身は、総合人間学部(旧・教養部)で一応物理を専攻していたとはいえ、
理学部に比べればカリキュラムは貧弱なものだったし(失礼!)、
本格的に研究を行った経験があるとも決して言えないと思っている。
つまり、僕は物理をかじっただけで、自分の身にはついていない、と。

そういう自分が、歴史という立場から、物理学を語るというのはどうなのか。
それだけの資格と能力がはたしてあるのかどうか。
もっと言えば、物理屋からすれば、領域侵犯のように感じられはしないのか。
そういうことがずっと、気にかかっていた。

しかし今回のセミナーで、そういう気分をようやく抜けたように思う。

結局のところ、物理屋と歴史家では見ているものが、
というより見ることに割いている時間と労力の配分がまるで違う。
向こうが手持ちの知識を総動員して目の前の現象を追及しているあいだに、
僕は過去の出来事をずっと追及している。
一人の人間に与えられている時間が有限である以上、
二つの営みが両方とも完全に実行されることはありえない。
だからこそ、物理学のその方面では有名な先生であっても、
僕の話についていろいろと素朴な質問をしてくださるわけだし、
こちらはこちらで、その端々に現れてくる物理学のセンスに
感じ入ったりするということが起こるのだ。

必要なのは、両方共が、相手が自分とは違うカテゴリーの人間であることを認め、
相手が自分の経験に基づいて言っていることを信用するという態度なのだろう。

歴史家はどうやっても、物理学者にはかなわない。
しかしその謙虚さは、第一級の物理学者が何を言おうが
歴史については自分のほうが詳しい、という自負と表裏一体なのだし、
そうでなければならないのだと思う。



僕は物理屋にはならなかったし、なれるとも思わなかった。
でも、それでも、物理学史を語りたい。
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by ariga_phs | 2011-03-10 23:59 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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