無題
京都は何事もなかった。



本をすべて返却し、大学生協の脱退手続をし、
昔お世話になった方々のところに挨拶に行ったら
唐突にお土産を持たせてくれたりなどした。

こちらも挨拶をかねて一番よく行っていたカフェに行き、
ほかでは置いているのを見たことのない、
わりと気に入っている銘柄の紅茶を飲みながら、
博士論文の下書きを書いていた。
京都最後の日はこうやって過ごそうと、前から決めていた。

・・・なんだか少し、店内が揺れたような気がした。

****

当初の予定では、明日、高校時代の友人との集まりで静岡に行き、
そのまま明後日の夜に東京に着く予定だった。
京都からの転出届も出したことだし、週明けからは名実ともに、
東京で新しい生活を始めることになっていたのだ。
研究員という肩書はあっても実質的にはフリーターのようなもので、
将来の展望が描けているわけでもない。
しかしそれでもいいから、好きなように科学史をやろう、
そんなふうに思っていた。

でも、

・・・本当にそういうことでいいのか、

と、

どうしたって思うじゃないか。

****

僕が科学史をやろうがやるまいが、たぶん世の中にとって
大した違いはないだろう。
けれど世の中にごく一部、そういうことをやっている人間がいてもいいはずだ、
だから自分は科学史をやる、そう普段は思っている。

・・・でも、こんなときにそんな発想でいいのか?
もっとほかに、やるべきことがあるんじゃないのか?

夕方以降、研究はまったく手につかない。
テレビは時々刻々と、被害や状況の変化を伝えている。

****

明日の予定がどうなるか、まだ最終連絡はない。
いつ上京することになるかも、現時点では何とも言えない。
・・・研究する気分がいつ戻ってくるのか、も。

でも、そうであってもなお、僕は近々上京する。
ともかく新しい生活は始まってしまう。
そこに何か、希望はあるのだろうか?

わからない。

まったくわからない。

本当にわからない、が、

・・・それでも信じなくては、たぶん、始まるものも始まらないだろう。

****

ひとまず、事態の全容すらよく見えてきていない今の時点では、
目をそらすことなく、事の次第を見守りたい。
たくさんの絶望を抱えて、かすかな希望を探したい。
[PR]
by ariga_phs | 2011-03-11 23:04 | 歳歳年年
<< 村上陽一郎『安全と安心の科学』 物理屋と歴史家 >>

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

Vivre Comme Ornithorynque.
筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
ウェブサイトはこちら
カテゴリ
最新の記事
生存確認
at 2013-08-10 21:15
橋本毅彦『近代発明家列伝』
at 2013-06-15 21:32
オディロン・ルドン 夢の起源
at 2013-06-08 21:46
量子の地平線
at 2013-06-02 15:58
仕事
at 2013-05-07 21:26
その他のジャンル