岸田一隆『科学コミュニケーション』
岸田一隆『科学コミュニケーション:理科の〈考え方〉をひらく』
平凡社新書、2011.



本には重さというものがあって、この本はかなり重い部類に入ると思う。
というのも、著者の半生を背負っているからだ。



専門家と一般の人々とをつなぐ科学コミュニケーションそれ自体は、
近年、かなり盛り上がっていた分野ではある。
けれども著者は、そうした動向とはひとまず別のところにいるらしい。
そうした流行以前に、まったく違う理由からこの問題に取り組み始めたそうである
(「科学コミュニケーション」という言葉を自分で発明した、と書かれてある)。

著者の出発点となった出来事が重たいものであっただけに、
またそれから16年もの歳月を経ているだけに、
思索はずいぶんと深く、かつ大きなものとなっている。
あまりに話が大きすぎるという苦言を呈する人もいるだろう。
が、自己批判を失わずに、遠くまで真摯に論を運ぼうとする姿勢は嫌いでない。

この本の主題を簡潔にまとめるとすれば、
科学コミュニケーションはどんな世の中を目指していくべきなのか、
ということになると思う。あるいはもっと極端なことを言うと、
この本は科学コミュニケーションに即した一種の文明論ということになるだろう。

著者は、「人類の未来のために」、科学に関することがらに関しても
「一般市民」が価値判断を下していかなくてはならないと考える。
そしてそのためには、文系・理系に関わらず、
ある種の価値観を共有する必要がある、と主張する。
それに資するのが科学コミュニケーションなのであって、
そこでは個々の科学的知識を伝えることだけが問題なのではない。
むしろ「真に伝えるべきは方法と世界観」なのであって、
これを実行するには「共感・共有の科学コミュニケーション」が求められる――、
以上がこの本の基本的な論点である。

単に好き勝手なことを述べているだけに思われるかもしれないし、
理念の一方的な押し付けにも聞こえるかもしれないが、
それを筋道立てて、かつ共感を得られるように説いていこうと努めているところに
この本の価値があると僕は思う。

だいたい科学コミュニケーションに限らず、
何かが「よい」とか「重要だ」とか述べるのは価値観の押し付けという側面を持つ。
それでもなお価値観の「共有」――重要なポイントだが、著者はこれを、
価値観が「伝わる、感じる、わかる」という意味であって
価値観を「同じくする」ことではない、とはっきり断っている――を求めるなら、
それはただ論理的に説明することによっては達成されないだろう。
論理は主張と主張のつながりは保証してくれても、前提は与えてくれないからだ。

これと関連して、著者が科学コミュニケーションのあり方について、
そもそも科学に興味のない人に対してどう接するのか、
「科学はおもしろい」から出発するのでは成功はおぼつかないのではないか、
と言っているのはまったくその通りだと思う。
と同時に、僕自身、とても耳が痛いということを認めなくてはならない。
というのも、僕もかなりの程度、「科学史はおもしろい」ということを
主張したがっている人間だからだ。



今回の地震と、それに伴う原発事故をめぐる状況を見ていると、
科学コミュニケーションの問題には嫌でも注意が向く。
そして科学コミュニケーションについて考え始めると、それがいつの間にか、
自分の問題に置き換わっていることに気付く。

「科学史コミュニケーション」という言葉は今のところ聞いたことがないが、
僕がやりたがっているのはそういうことであろう、と最近思い始めた。
さらに、この問題に関する僕の考え方について
ご丁寧にもあれこれと批判をしてくれる人がいるおかげで、
自分が無意識的に前提していたいろいろなものを
かなり根本的に問い直さざるを得ないという状況が生じている
(実際、この本を読んでいると、最近こういうことを言われたような……
という感覚に時折襲われたのだった)。

この非常時にあって、科学(史)コミュニケーションが
本質的な自己反省を求められているのは間違いないだろう。
こんなタイミングで自己反省をするのは、しんどい。
が、しかし、ここで徹底的に反省しなければ、それこそ未来はないように思う。
あるいは、同じことでも楽観的に言えばこうなると思うわけだが、
今が飛躍のチャンスに違いない。
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by ariga_phs | 2011-03-25 23:59 | 斜めから読む
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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