山内「占星術批判の系譜」(2010)
山内志朗「中世における占星術批判の系譜」
金森修編著『科学思想史』(東京:勁草書房、2010年)、371-431頁。



表題の通り、中世においてなされた占星術への批判を、
何人かの代表的な人物に即してたどっている。
具体的には、アウグスティヌスおよび中世アラビアの学者たちを見たあと、
アクィナスとオレームについて特に立ち入って議論されている。

全体として話の軸が定まりきっていない感じがあって、
いまひとつまとまりに欠けるように思う
(十分に練る時間がなかったのではないか、という印象)。
それでも強いて論点を一つに特定するなら、
アクィナスまでの人々とオレームのあいだに
「占星術批判の系譜における切断を見出すことができる」(379頁)
というのがたぶんそれだろう。

占星術というのは、星の運行が個人のことがら(※)に影響するという前提をもとに、
実際の星の配置から個人の運命その他を予測するというものである。
(※占星術の対象は個人だけではないが、この論考で問題になっているのが
主に個人を対象とするものなのでここでは省く)

著者によると、アウグスティヌスの場合もアラビアの学者たちの場合も、
人間が天体から影響を受けるということ自体は認めているのだが、
ただ、それによって個人の運命が具体的に特定できるわけではないとして、
占星術を批判している。
同じようにアクィナスも、星の影響は確かに身体に、そして知性に伝わると考える。
けれども、それは個別具体的な結果を生み出すための必要十分条件ではないし、
また、意志(と知性)がそれをコントロールできると考える。

これに対してオレームの場合、従来のような議論もなされるが、それに加えて、
そもそも天体の運行に関して厳密な知識は得られないという批判をする
(そこでは「不可共約性」や「非均一性」といった概念が持ち出される)。
そこに「内在的な」あるいは「近代的な意味での」批判を見出すことができるのだという。

僕は、どうも話がねじれているような気がしている。
天体が地上の出来事に影響するかしないかという存在論的な問題と、
天体の運行(あるいはそれに伴う地上での変化)を正確に知ることができるかという
認識論的な問題とははっきり分けたほうがよいのではないか。
直感的には、そもそも星は地上のことがらに影響などしない、というのが
「近代的な」批判のような気がするのだが、オレームの場合、
そこまでは言っていないように見受けられる。

どちらかというと、僕はこの論考を読んでいて別のことが気になった。
一つは、天体が地上のことがらに影響を及ぼすというのは
アリストテレス的なコスモロジーの中ではどういう位置付けになるのか、という点。
もう一つは、天体が地上の出来事の原因になるというような議論をすると
それは明らかに数学ではなくて自然哲学の領分に踏み込んでいるわけで、
この観点から見たときに天文学と占星術はどういう関係になっているのか、という点。
どちらもちらっと触れられているが、これを掘り下げていくと面白そう。

****

著者は中世哲学の専門家。
『普遍論争』はそのうち読んでみようと思いながら未読。
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by ariga_phs | 2011-04-15 10:52 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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