区切り/節目
震災から一ヶ月。



正直なところ、もう少し区切りがつくと思っていた。

震災の日にテレビで見た映像も、
その直後に始めたTwitterを通り過ぎて行った膨大かつ切迫した情報も、
上京した直後のスーパーで目にした異様な品不足状態も、
ずいぶん遠いものになった。

まだまだ避難所生活をしている方もたくさんいるし、
被災地や原発では一生懸命に仕事をしている方も多い。
けれどもそれと同時に、自分の中から震災の実感がどんどん薄れていっている、
ということを、否定したくてもできない。

だから、この一ヶ月目で、もう少し区切りがつくと思っていた。

保留されていた企業でのアルバイトの件は、ようやく面談の予定が決まった。
こちらでの授業にも、都合が許す限り参加することになった。
久しぶりに勉強会のためのテキストを読み、レジュメを作ったりもした。
一ヶ月遅れで、本来こうなるはずだった日常がようやく動き始めたように感じる。

けれどもその日常は、本来そうなるはずだったものとはやはり違うのだ。

研究室でのアルバイト(上の件とは別)は、
当初想定されていたデータ入力その他の作業よりもむしろ、
今回の災害に関する(ある特定の話題についての)情報収集が主になりつつある。

今日、その作業をする中で、あくまでインターネットを通じてだが、
東北方面各地の被害状況をあらためて確認する機会があった。

-その途中、一ヶ月前の地震発生時刻を迎えて、しばし作業中断-

多くの地域では復興が進みつつあるという印象こそ持ったものの、
津波に遭った地域などでは、本当にどうしようもない状況になっているのがわかる。
そういう情報を、安全な場所にいる自分が収集していることの不条理・・・。

そんなことを思っていたところに、また地震があった。
最初の揺れはそれなりに大きく、かつ長く、若干の身の危険を感じた
(なにせ、座っている机のすぐ横が大きな本棚なのである)。
それが収まったあとも、およそ1時間にわたって断続的に揺れが来て、
後で数えてみたら平均して10分に1回以上揺れていたことになっていた。
そんな経験は今までしたことがないし、今後もすることはないと信じたい。
しかし、・・・

・・・しかし、今日の地震で一つはっきり悟ったことがある。

これはもう当分、区切りはつかない。

震災から一ヶ月という、本来なら区切りになって然るべき日が、そうならなかった。
被災地では相変わらず避難が続き、原発は依然として非常事態にあり、
僕は気付けばふつうにTwitterを使っている。
すべてが震災の延長線上で動いている。この流れを断ち切ることは、できない。

だとすれば、区切りがつかないということ自体を、丸ごと受け入れるほかないだろう。
いい意味でのあきらめが必要なのだ、と思う。
不安なものは不安だし、そんな中でも楽しいことは楽しい。
だから自分は、アルバイトもすれば研究もするし、積極的に勉強もしたい。
一人で悩んだりも大いにしたいし、ひとと会って楽しい時間を過ごすこともしたい。

震災から一ヶ月、今日が区切りではなく、節目になればいいと思う。
何かが変わる機会ではなく、これまでがこれからも続いていくことを確認する機会に。
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by ariga_phs | 2011-04-11 20:21 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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