今井「ギリシア医学 批判と論争」(2010)
今井正浩「ギリシア医学における批判と論争」
金森修編著『科学思想史』(東京:勁草書房、2010年)、433-501頁。




ヒポクラテス医学文書(前5世紀後半~前4世紀初頭)を手掛かりとして、
古代ギリシアの医学者たちが医学というものをどう捉えていたか、を考察する。
複数の医学書(多くは著者不明)が取り上げられていて、
それぞれ論点も異なっているが、話題は大きく三つあるようだ。
技術、原因、(こういう言葉は使われていないが)経験主義と物理主義である。

まず『技術論』の考察から、それを書いた人物が、技術としての医学の存在根拠は
事実の原因に関する知識に基づいている点にあると考えていることを見る。
これに続く一連の議論は、原因の概念についての考察としては
ギリシア思想史上、最初期のものであるそうだ。

この原因論との関連で、続く『神聖病論』と『環境医学論』についての考察では、
病気の原因が霊や神々から「自然」、あるいは人間の経験の及ぶものに
移し替えられているという趣旨のことが論じられる。
これは自然哲学の成立と言われる話とよく似ているように感じられる。

そうすると、医学は自然哲学べったりであったようにも思えるが、
必ずしもそうとは限らない、と著者は言う。
『人間本性論』(ポリュボス)と『伝統医学論』ではむし|29;、
哲学との差異化をはかることで医学の独自性を確立しようとしている。
その要点は、人間の「自然」というときに何が許容されるか、ということにあり、
前者のテクストでは人間の感覚・知覚に対して明らかなものが、
後者のテクストでは、人間の身体内部の物理的な構成・作用が想定される。
(これを経験主義・物理主義と呼んでも、そこまで大きくは外れないだろう。)



全体的な印象として、この論考で紹介されている医学者たちの議論は
信じられないほど「科学的」だという感じがする。

ふつう、(西洋世界での)科学の歴史と言うときには、
まず古代ギリシアから始まる自然哲学の流れを語っていって、
その先の科学革命期に技術的なものとの合流が起こる、
というふうに見ると思うのだが(少なくとも僕はそうである)、
この医学の話は、同じようなことが遥か昔に起こっていたという印象を抱かせる。
それはちょっと俄かに信じ難い(なにせ、今から2400年ほど前の話なのだ)。
科学史上最大の謎は古代ギリシアだと前々から思っているが、
またその感が強まった。

それと、科学に似ているということで言えば、この論考の最後に触れられている
論争と説得、聴衆に関する議論はとても示唆に富む。
著者によれば、批判と論争は確かに哲学に特徴的なスタイルかもしれないが、
医学は実際に患者を相手にする以上、「一般の人々」の支持が不可欠となる。
それが学問としての医学の根幹に関わってくるわけで、
そうした状況が論争的な医学を形成したと著者は見ている。
大いに考えてみるべき論点だろう。



著者の今井先生との面識はないが、古代ギリシアの医学に関して
学会誌への投稿・学会発表を多数されている。
日本の科学史業界で、ものすごくきっちりした仕事をされる方の一人。

なお、全然気が付いていなかったが、『哲学の歴史』第2巻に
「ヘレニズム期の科学思想」を書かれているようだ。
この巻はまだ持っていなかったので入手しておかなくては。
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by ariga_phs | 2011-04-15 10:52 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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