「新しいベイコン像を求めて」(2011)
「新しいベイコン像を求めて:神学、寓話解釈、物質理論」
『科学史研究』第50巻(2011年)、9-42頁。



2010年の科学史学会でのシンポジウムをもとにした小特集。
実質的には次の5本の論文で構成されている。

下野葉月「フランシス・ベイコンにおける神学と哲学」(11-17頁)
伊藤博明「フランシス・ベイコンと『古代人の知恵』」(18-24頁)
柴田和宏「フランシス・ベイコンにおける濃と希:物質理論、精気、自然の支配」(25-30頁)
坂本邦暢「質量に宿る量と力:フランシス・ベイコンにおける諸学の統一性」(31-36頁)
吉本秀之「ロバート・ボイルにおけるベイコン主義」(37-42頁)

シンポジウムの講演内容については簡単な報告集が編まれるのが常だが、
今回はそれをもとにした査読付き論文×5というたぶん初めての試みである。
学会誌の編集側は大変だったのではと推察するが、とても価値のある企画と思う。
僕も将来、こういうような意義あるシンポを企画してみたい。

そういうわけで、本来なら各論文について別々に紹介すべきところだが、
ここではあえてまとめてメモしておくことにする。
そのほうが企画の趣旨に適うと思うので(ただし便宜上、順番は変えている)。



ベイコンといえば「新哲学」を打ち出した人物、革新者というイメージだが、
伊藤論文では過去に引きずられるベイコンの姿が垣間見える。

同論文では、『学問の進歩』(1605)、『古代人の知恵について』(1609)、
『学問の尊厳と進歩』(1623)という三つの著作(特に真ん中のもの)を対象に、
ベイコンが古代の神話・寓話をどう解釈していたかが論じられ、
彼はそうした神話・寓話に古代の「知恵」が隠されていたと考えていた、
という見解が示されている。

この意味でベイコンにはルネサンス的な側面があるのだが、
その一方で「事物の発見は自然の光から求めるべきであって、
古代の闇から取り戻すべきではない」と述べているあたり、
この人物の両義的な性格をよく物語っているように思う。

ところで下野論文によると、ベイコンは「自然の光」なるものを、
人間に本来備わる理性であると同時に神から与えられたものでもあると考えていた。
そしてこの「自然の光」=理性によって得られるのが哲学の知識であり、
この学問(自然学)は自然誌→自然学→形而上学という順で進んで行って、
最終的に自然神学に至るとされる。

ただし、人間の知識にはこうして理性によって得られるもの(哲学)のほかに、
啓示によって得られるものがある。こちらが本来の神学である。
この領域では理性の使用に一定の制限がかけられているが、
著者(下野)はそこに当時の宗教的混乱を鎮めるという目的を見ているようだ。

このように、ベイコンの「新哲学」にも宗教的な側面が大いに認められるわけだが、
しかし「[理性による自然の探究という]哲学的営為の限定性を示すと同時に、
それが崇高な試みであることも強調している」(下野)ところが、
この人物の古さと新しさの両方をよく示しているように僕などは思う。

だいたい、ベイコンがいくら「新しい」と言っても
それ以前の時代とまったくつながりがないはずはないわけで、
何を受け継いでいてどこに革新性があるのかを見極める必要があるだろう。

これに関連して興味深いのは、ベイコンがスコラ哲学の第一質料
(一切の形相から独立した質料)という概念を批判するに当たって、
16世紀の哲学者たちに負うところがあっただろうという坂本論文の指摘である。
同論文ではベイコンの自然哲学の基礎となる物質理論が子細に考察され、
質料は「量」および「力」と不可分であるという彼の思想が明らかにされているが、
それに近い考えはペレイラ、テレジオ、カルダーノにも見られるそうだ。

ただし、ベイコンの物質理論は先人の単なる受け売りなのではない。
それは、一方では創世記の記述と合うような解釈を与えられているし、
他方では「人間による自然操作を保証する哲学を生み出」すものでもあったという。
このように、「聖書解釈、物質理論、旧来の哲学批判、そして新しい学問の
目標といった様々な問題は相互に結びつき、どれか一つが欠ければ
その他を十分に理解することができなくなる構造を有していた」というのが、
同論文の中心的な論点となっている。

実際、柴田論文によると、ベイコンの物質理論、とりわけ「濃」と「希」の理論は、
自然の支配というベイコンの思想と深く関連しているのだという。

ベイコンは、あらゆる事物を構成するものとして、
「水銀的」「硫黄的」という二種類の物質の系列を想定した。
この二系列は構造の違いによるが、同じ系列内に含まれるとされる
四種類の物質の差異は、濃密さの違いによるものであるという。
そしてベイコンはこの違い(特にそれに基づく「可触的」「精気的」という違い)に
基づいて、さまざまな自然現象を説明している。

ところで、ベイコンの言う自然の支配とは「人為的に物体に本性を付け加えたり、
物体を変化させたりすることで、人間の利益になる有用な成果をもたらすこと」(柴田)
であり、そうした実践を可能にするものが有用な学問と言われる。
そうすると、濃と希の理論というのはまさに、濃密さをコントロールすることで
物体を変化させるための基盤を提供していると言えるだろう。
この意味で、物質理論の探究はベイコンにとって新しい学問の探究そのものでもある、
というわけである。

(私見だが、どうもベイコンの学問プログラムは化学と親和的であったようだ。
というより、そもそもベイコンが学問の革新などいうことを企てた際、
発想の主要な源泉は化学だったのではないかという気がしなくもない。
このあたり、すでに研究があるのか、そうでなければ今後に期待しよう。)

ただ、これまた非常に興味深いことだが、ベイコンの物質理論が
後世にはまったくと言っていいほど影響を残さなかったのも確かなようだ。

吉本論文ではボイルに即して、ベイコンの何が受容され、
何が受容されなかったについて論じられているのだが、
ボイルはベイコンの物質理論もベイコン流の帰納法も採用せず、
「ボイルが使ったベイコンは、自然誌(自然誌の必要性とその編纂法)に尽きると
言ってよい」という結論が与えられている。
しかもその自然誌についてさえ、ボイルはベイコンのやり方では不十分と認め、
新たにその手法を工夫していた。

著者(吉本)はボイルがベイコンを採用しなかった理由の一端を
両者の実験家としての力量の差に見ているようだ。
もっともな考え方だと思うが、そうであるとすればなおさら、
ボイルがなおベイコンに言及し続けたのは興味深い。
同論文の最後でほんの少しだけ触れられているように、
ベイコンの名前と思想はむしろ、イデオロギーとして利用された感が強い。
個人的にはこのあたりの事情について、もう少し詳しく勉強してみたいと思う。



さて、以上五つの論文を通して、何が見えてくるだろうか。

坂本によるイントロダクション(9-10頁)では、
「諸学問のあいだにベイコンが見てとっていた関係に着目することが、
様々な議論を展開する際に彼が意図していたことや、彼の思想の特徴を
明らかにするのに有効である」と述べられている。
確かに、そうした関連性はそれ自体、さらに追及してみるに値するだろう。
そこから見えてくるのは、こう言ってよければ、
知識の reorganizer というベイコン像であるようにも思える。

ただ僕としては、さらにその先に来る問いとして、
ベイコンを経ることで科学(学問)のあり方がどう変わったのか、
ということをいつでも念頭に置いておく必要があるだろうと思う。
要は、それ以前とベイコン、ベイコンとそれ以降では何がつながっていて
何がつながっていないのか、ということだ。

今回の小特集(「小」は余計だと思うが)を読んで、ベイコンという人物が
ルネサンス人文主義と「新哲学」に片足ずつ突っ込んでいる感を強くした。
もっとも、そう述べるだけなら簡単だが、実際にどこが古くてどこが新しいのか、
古いものと新しいものがどう共存し、あるいはどのように前者から後者に移行したのか、
そのあたりを明らかにするのはとても大変で、科学史研究の真価が問われる。
しかし、あるいはだからこそ、やはりそういうところを目指すべきなのだろう。

とはいえ、この特集が非常にハイレベルなものであることには変わりなく、
特に思想史方面に興味があればセットで読んでおいてまったく損はない。
なにより、論文と論文のつながりを楽しめるという、実に稀有な企画だった。
[PR]
by ariga_phs | 2011-04-16 22:22 | 何かに使えそう
<< 倉部史記『文学部がなくなる日』 今井「ギリシア医学 批判と論争... >>

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

Vivre Comme Ornithorynque.
筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
ウェブサイトはこちら
カテゴリ
最新の記事
生存確認
at 2013-08-10 21:15
橋本毅彦『近代発明家列伝』
at 2013-06-15 21:32
オディロン・ルドン 夢の起源
at 2013-06-08 21:46
量子の地平線
at 2013-06-02 15:58
仕事
at 2013-05-07 21:26
その他のジャンル