柏木「化学史」(1973)
柏木肇「展望:化学史 :近代化学の成立をめぐって」
『科学史研究』第12巻(1973年)、49-65頁。



先日の駒場橋本ゼミで取り上げられた文献。

冒頭、化学史が伝統的に化学教育の延長で行われてきたことを批判し、
「歴史観をとぎすまそうとする配慮」を行うよう求めている。
そのうえで、ラヴォワジエに代表される「化学革命」について、
「物質観の歴史がいくつかの可能性のうち、この命題を選択しなければ
ならなかった要因は何か、さらにその必然性は、特に17世紀の近代科学の成立と、
どのような歴史の論理で結ばれているかを明らかにすること」が重要だとする。
ちなみにここで言われている「近代科学の成立」については
「窮極的には、認識における mechanization を指す」とされている。

それ以降の本論部分では、実際に化学史の流れを追いつつ、
上で言われたような歴史観を提示する試みがなされる。
これは大きくわけると、次のような節からなっている。

・17世紀後半~18世紀初頭のイギリス(ボイルからヘイルズまで)
 運動学的粒子論から動[力学]的粒子論への移行

・18世紀中頃のイギリス(実験的ニュートン主義)
 物在論(materialism)の出現、不可秤量流体の概念

・18世紀前半のライデン学派とシュタール主義
 (ブールハーフェ、シュタール、さらにカレンとブラック)
 動的粒子論から物在論(反機械論的立場)へ

・18世紀後半のフランス・シュタール学派(主にルエル)とラヴォワジエ
・ドールトン(特にラヴォワジエとの比較における)

ラヴォワジエと言えばフロギストン説の否定ということで知られ、
そのフロギストン説の立役者がシュタールという話が一般的だが、
著者はむしろ、シュタール主義の延長線上にラヴォワジエを位置づける。
それがなぜそうなのかというのがそこまでの話全体に関わってくるが、
僕なりにごく簡単な説明を試みてみよう。

もともと機械論的立場というのは、あらゆるものごと(今の話では化学現象)を
同質の粒子の形・大きさおよびその運動によって説明することを目指していた。
この後の話の展開で重要なのは、この限りにおいて、
物理学と化学(あるいは生物学etc.)の区別が原理的に存在していないということだ。

ニュートンはこの厳密な立場を緩め、粒子間の力という概念も
説明の道具立てに加える(これが「動力学的粒子論」と呼ばれているもの)。
このあたりまではまだ機械論の枠内に収まっていたのだが、
そうではない動きが特に実験家のほうから出てきた。

「ここに成立した認識論は、粒子論の基本的見解を原則としては承認するものの、
その主要な関心事は、もはや現象を粒子とその運動および引力、斥力から
演繹することではなく、物質が性質や変化を通じて、自己同一性を表現している
状況を実験的に確認することができるように、諸実体を区別するカテゴリーの存在を
根本的な原理として要請することであった。」

難解だが、要は物質の持つさまざまな性質を根本的なところから説明するのではなく、
その性質は物質そのものが有する特性だということにしようという話である。
これが物在論と呼ばれる立場で、著者は反機械論的立場と見なしている。
そしてこの物在論の見解が明確化するのがまさにシュタールにおいてであって、
そこではたとえば空気や火といったものが物質として実体化されることになる
(フロギストンがその典型)。で、これがフランスに渡るわけだが、

「フランス・シュタール学派は、ヘールズのようなニュートン主義化学
[i.e. 動力学的粒子論]に負うていることをみとめながら、
化学を物理学と区別する領域を設定して、化学が独自にかかわりを有する
認識論の確認に導かれた。」

その結果、機械論的な意味での「粒子」ではなく、化学的性質を備えた「元素」
というものが問題になってくる。ラヴォワジエはまさにこの延長に来るのであって、
「物質に関する実験的な物在論」としての彼の理論体系と言うのは
「ボイル-ニュートンの機械論に媒介されながら、これとは異質の知的伝統の
もとに成立したシュタール主義を、実証的[ポジティヴィスティック]な方法の
導入によって補完した立場であると理解することができる」。
これと似たような物質観はドールトンにも認められる。したがって結論として、

「ラヴォワジエ-ドールトン体系では、元素や化学的原子は化学的実在でありながら、
原理的には機械的実在としての質料や普遍的粒子を予想しており、
ここに化学は個別科学として、物理学ないし力学と、関連するが異なる認識論の
位相のもとに位置づけられるに到った。」

結局著者の議論のポイントは、機械論的な粒子と固有の性質を持つ元素との関係、
およびそれと並行する、化学の物理学(自然学)に対する関係、というところに
集約されてくるだろう。著者が「認識論」という言葉で繰り返し言おうとしているのは
このあたりの物質観や科学観の問題であると思うし、そこに着目することが
化学史のあるべき姿だというのがこの論説全体のメッセージにほかならない。

もちろん、なにぶん古い論考ではあるので、個々の事例の解釈をめぐっては
異論も出てきているに違いない(というか、そうであってほしい)。
ただ、物理学史をやっていて化学史については相当無知な自分が言うのも
気が引けるのだが、物理学史にない化学史独自の面白さというのはやはり、
ここで著者が問題にしているような、化学の固有領域とは何なのか、
物理学との関係はどうなっているのかということをめぐる問いなのではないか。
これは以前に、20世紀の量子化学の歴史の話を少しかじったときにも思ったことだし、
18-19世紀の熱学・熱力学の展開を考えるときにも不可欠な論点だと思っている。

あと一点、これを読んでいてふと思ったのだが、「化学革命」
(主に、ラヴォワジエによる化学の革新を指して言われる)というのは
いつどこで誰が言い出したのか? そのあたりの歴史認識も気になるところだ。
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by ariga_phs | 2011-05-14 12:14 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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