高橋「リサーチ・プログラム論」(1999)
高橋憲一「科学史家にとってリサーチ・プログラム論とは何か」
『比較社会文化』(九州大学比較社会文化研究科)、第5巻(1999年)、27-39頁。
https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/handle/2324/8614



先日の駒場橋本ゼミの課題文献。

著者は九州大学を最近退職された、科学史業界ではとても有名な先生。
コペルニクスやガリレオを始め、中世から近世にかけての数理科学史における
第一線の研究をされている。

この論考そのものはそういうご専門の話とはある程度距離があって、
科学哲学者のラカトシュが提唱した「リサーチ・プログラム論」が
科学史家にとって意義を持ちうるかどうかを考察したもの。
第一節と第二節で、ラカトシュの議論の紹介がなされ、
第三節で著者の見解が述べられている。

※ここでラカトシュの議論を紹介したほうが読者の方にとってはよいのだろうが、
時間の都合上割愛させていただく



結論を言うと、著者はラカトシュの議論に対して批判的である。
とりわけ次の二点が主要な問題になっている。

一つは、ラカトシュの言う「堅い核」の内実が歴史家から見て貧弱という点で、
次のようにコメントされている。長いが引用する。

「堅い核」の規定が貧弱に成らざるを得ないのは、「しばしば
そのプログラムの内容が何であるかも後知恵によってしか
わからない」ことをラカトシュが自覚しているからである。
つまり、理論系列の中で一貫して守られてきた部分は、
事後的にしか規定しようがないからである。
それはとりもなおさず、理論系列の最後の部分
(過去に否定されたプログラムでなければ、それはほとんど
現在の理論ということになる)から「堅い核」を想定するということである。
現在の理論という高みに立って、先行する諸理論に「堅い核」を
内挿することになる。

これと連動していると思われるのがもう一つの主要な批判で、
それはラカトシュの標榜する科学史の「合理的再構成」に向けられる。
ラカトシュは科学の歴史を合理的なものとして再構成することを目指し、
実際の歴史的経過がどのようなものであったかは二次的な問題と見る。
著者はこれについて、「歴史という場を捨象する危険性を顕著に宿している」とし、
「「リサーチ・プログラム論」というプロクルステスの寝台に合わせて
科学史を裁断しなければならない理由はない」と反発する。



僕としても著者のスタンスには共感するところ大なのだが、
ただもう少し深く突っ込んで考えてみる必要もありそうだ。

上で引用した箇所に関して、僕は二つの点を区別すべきだと考える。
一つは、「堅い核」が「後知恵」によってしかわからないということ、
もう一つは、「堅い核」を「現在の理論」から「内挿」するということ。
この二つは本来、別の話ではないのか。

そもそも、あらゆる歴史研究は「後知恵」によってしか行いようがない。
そうである以上、「堅い核」ひいては「リサーチ・プログラム」を
「後知恵」を駆使して歴史資料の中から探し出すという取り組み方そのものが
否定されるいわれはないように思う。

むしろ著者が非難しているのは、「資料の語るところに歴史家は耳を傾ける」
という規範をラカトシュが明らかに守っていない、という点であるように思える。
しかし「堅い核」を現在の理論から推測するのは歴史家のすべきことでないにせよ、
それを過去の中から掘り出すという方法論自体は有効でありえるかもしれない。

著者はラカトシュの議論に代えて「柔らかい核」という考え方を提案しているが、
これを受け容れてしまうとリサーチ・プログラム論は分析のツールとして
ほとんど意味をなさなくなるように思う。
僕としてはむしろ、ある特定の期間におけるリサーチ・プログラムを
歴史資料そのものの中から探すというアプローチを探りたい。



個人的な話だが、大学の学部時代に科学哲学を勉強していたとき、
クーンのパラダイム論よりもラカトシュのリサーチ・プログラム論のほうに
僕としては惹かれるものがあった。
しかし後になって、関心が歴史のほうに移ってから、ラカトシュの議論が
科学史の合理的再構成を目指すものであったことに幻滅したという経緯がある。

それでもなお、リサーチ・プログラム論そのものは、科学研究のあり方や
進展の仕方を捉えるうえで、あながち無意味ではないようにも感じている。
著者の言うように「科学哲学の過剰な科学史は貧困である」と思うが、
だからといって科学史に科学哲学は不要だという話にはならないだろう。
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by ariga_phs | 2011-05-21 08:47 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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