Secord, "Knowledge in Transit" (2004)
James A. Secord, "Knowledge in Transit"
Isis, vol. 95 (2004), pp. 654-672.



先日の橋本ゼミで取り上げられた文献。
最近の英語圏科学史でよく引かれているという印象があったので
こういう形で読む機会を得られたのは嬉しい。

2004年の学会での基調講演をベースにした内容で、
科学史研究の進むべき方向性が積極的に提案されている。
賛同するにせよしないにせよ、ここで言われているようなことが
一つの重要なトレンドになっているということを知っておくのは
大事なことだと思う。

****

著者の主張を一言でまとめると、
「コミュニケーションの一形態としての科学」
を追及せよ、ということになる。

著者によれば、科学史はShapin&Scaffer(1985)あたりから
実践 practice への志向を強めたが、それは同時に
研究対象の断片化ないし局所化を招いてしまった。
そこで新たに問われるのが、知識の移行というテーマである。
文学理論の知見を援用しつつ、著者は科学的知識の諸相を
コミュニケーション的行為として捉えるような歴史記述をすべきだとする。
[※ハーバーマスの思想を下敷きにしているように思うのだが
そちらについてはまだ不案内・・・]

残りの部分では、これまでに出された科学史(とその関連分野)における
研究を概観しつつ、知識の流通 circulation の具体的なありかたが検討される。
ここで挙げられている研究が、ある意味、(2004年時点における)
科学史の最先端といってよいのではないかと思う。

結論部では、以上の議論に付け加えて、
「ポピュラーサイエンス」というカテゴリの廃止が唱えられる。
この言葉は科学と非科学のあいだに明確な境界を引きすぎる、
というのが一つの主張だが、これはおそらく、自身の行った研究(後述)
に基づく経験的な判断なのだろう。

****

著者は、ダーウィンに先立って一般に流布していた一種の進化論の存在を、
『創造の自然史の痕跡』という匿名の書籍の流通を丹念に追うことで
明らかにしたという研究で有名である
Victorian Sensation, 2000;僕は未読)。
それをもとにして組み上げた理論的立場が「knowledge in transit」
ということなのだと思う。

これに対しては賛成できる点も批判のポイントもいろいろあると思うのだが、
それぞれ一つずつ書いておこう。

まず、科学社会学からの影響を受けて科学史が科学的知識の内容そのものより
科学的知識の産出(あるいはそれに関わる実践)に注目するようになった結果、
科学史研究がいっそう断片化してしまったということに対する危機感と、
コミュニケーションという観点を前面に出すことによって多少なりとも
学問分野としての統一性をはかろうとしたこと自体は評価できると思う。
特に、国境や分野の境界を越えていくような研究をすべきだ、という
著者の言い分にはまったく同意する。

けれども、これは科学史の統一性をある程度担保することにはなっても、
それだけではまだ足りないのではないか。

この論考の始めのほうで、著者はgeneral frameworkとbig pictureが
科学史から失われてきているということを指摘し、
学生が二度学ばなくてはならない―一度目は古い物語を学び、
二度目はそれがなぜ間違っているのかを学ぶ―という状況を問題視している。
この問題意識は極めてまっとうなものだと思うのだが、
「knowledge in transit」はそのうちの一方について専ら論じていて、
肝心の(と僕は思うのだが)もう一方については特に述べていない。

結局、どれだけ新しい理論的な枠組みがあっても、それに基づいて
実際に歴史を書いてみせないことには説得力を持たないのではないか。
もちろんこの著者の場合は先に実際の研究書を出したうえで
これを書いているわけだけれども、そういう個別のテーマの研究書ではなくて
科学史の全体をコミュニケーションの観点から平易に提示するようなものがない限り、
単に狭い業界内部の流行で終わってしまうように思う。
それでは、二度学ばなければならないという事態の改善にはつながらないだろうし、
なにより科学史の外部に対するインパクトは持ちえないのではないか。

この論考のabstractを見ると、ここで提唱しているアプローチは
「ほかの歴史家や広範な一般の人々とのいっそう効果的な対話を創造するという
ポテンシャルをも有している」とある。
であるならぜひ、そのポテンシャルを現実化してもらいたい。
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by ariga_phs | 2011-06-03 11:47 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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