Kemp, "Vision and Visualization" (1996)
Martin Kemp, "Temples of the Body and Temples of the Cosmos:
Vision and Visualization in the Vesalian and Copernican Revolutions,"
In Picturing Knowledge: Historical and Philosophical Problems
Concerning the Use of Art in Science
, ed. Brian S. Baigrie, pp. 40-85.
Toronto: University of Tronto Press, 1996.



先日、勉強会で読んだ論文。
著者はその筋では有名な美術史家で、科学に関する論考も多数。
ただ、実際に読んだのはたぶんこれが初めて。

いろいろ書いてあって議論の筋がよくわからないところもあるので、
以下では自分なりに気になった点・理解できた点を中心にまとめておく。

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ヴェサリウスの解剖学とコペルニクスの天文学を主に取り上げ、
そこでイメージ(図版)が果たしている役割について検討している。
この時代[二人の主著はどちらも1543年出版]には活版印刷の普及によって
図版が科学において重要になった、というのはよく聞く話なのだが、
では具体的に図版がどういう役割を果たしたというのか、
というのが出発点にある問いである。

結論としては、解剖学と天文学を比較してみるとイメージが同じような意味で
重要だったとは言えず、一般化はできないだろうということが言われている。

まず、ヴェサリウスを頂点とする(通俗的な)歴史では
解剖図が正確さ・客観性を増していったというような見方がされるけれども、
実際には(たとえばダ・ヴィンチなどにおいて)理論に導かれた描写が見られる。
ヴェサリウスにおいてもやはり理想的な姿を描こうという傾向が認められるし、また、
単に「自然主義的な」絵だけでなく、説明のための様々なイラストが使われている。
著者はヴェサリウスの凄さを、さまざまなタイプの図版を駆使して
「実在のレトリック」を仕立て上げているという点に見ているようである。

他方、コペルニクスの場合、そのような革新的なイメージの利用は見られない。
そこには確かに「均衡」(シュンメトリア)の理念を始めとするような
秩序だった宇宙のビジョンがあるが、具体的な図像表現にはつながっていない。
これに対してティコにおいては観測器具の絵が、ケプラーにおいては
(正多面体の入れ子に代表されるような)宇宙のモデルが積極的に使われている。
どうも著者はこれらを、数学的・抽象的な理論と現実ないしは観測事実とを
媒介するものとして解釈しているらしい。
そして解剖学の場合におけるような、より直接的なイメージの利用は、
望遠鏡によって初めて天文学の領域に入ってくることになる。

****

概略、以上のような話が書かれている。
ここから何か一般的な帰結を引きだそうという趣旨の論考ではないが、
イメージの利用の仕方にはいろいろなものがある、ということの
見本集という使い方はできるかもしれない。

あと、なんだかんだ言っても図版はインパクトがあるので、
たとえば科学革命というものを一般向けに説明しようと思ったときに、
ここで挙がっているような図版をたどりつつ説明する、
というのは案外よい手立てかもしれないと感じた。
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by ariga_phs | 2011-06-06 22:22 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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