駒場雑感
先日、駒場の橋本先生のゼミで、院生の発表を聴く機会があった。



発表といっても、普段その授業に出席している人たちが
各自の研究内容、あるいは関連することがらについて簡単にまとめて話す、
という程度のものである。
とはいえ、僕は今年度から東京に来たばかりで、
駒場(東京大学の科学史・科学哲学)の人たちがどういうことをしているのか
よく知らないので、こういう機会があったのはありがたかった。

発表してくれたのは6人で、科哲の院生でない人も含まれているのだが、
ひとまず発表テーマを列挙しておこう。

・日本農学黎明期における老農のはたらき
・相対論ブームと大正期の中等教育物理学教科書の変化
・日本における<身体障害>と医療
・原爆開発と科学者の責任意識
・日本建築耐震構造小史
・合成酒の製造における発酵と合成 1920-1930年

いずれもとても面白い話題で、楽しく聴かせていただいた。
ただ、こうした発表を聞いて、ある種の驚きを禁じえなかったのもまた事実である。
そしてそれはたぶん、科学史の研究の方法論そのものに関わっている。

僕が驚いたのは、発表者が皆、研究のテーマや問いをはっきり持っていたことだ。
それは当たり前じゃないのかと思われるかもしれないが、
僕にとっては決して当たり前ではない。
少なくともそれは、僕が大学院時代に受けた教育・訓練とは
根本的に違う方向性を持っている。

僕が教わった研究方法は――そういうものが仮にあるとすれば、だが――、
とりあえず気になった史料を読んでみる、ということにほとんど尽きる。
もちろん、どの史料を選ぶかというところには興味関心が反映されるが、
具体的なテーマ設定をした上で史料を探すという手続きを教わった覚えはない。
何か一つ史料に当たってみて、そこから、関連しそうな別のものへと移っていく、
あるいは、その史料について述べている先行研究を調べて、
そこからまた関連しそうな資料を探す。
そういう作業の繰り返しが研究というものだと、少なくとも僕は思っていた。

このように進めていく場合、何をどこまで読めばよいのかはわからない。
そもそも何が明らかになればよいのかが分からないからだ。
原理的にはどこまで行っても研究は終わらない。
ただ、いくつか資料に当たっているとそのうち、
一つの「流れ」のようなものがぼんやりと見えてくるようになる。
「テーマ」というものが設定されるのはこの段階になってからで、
ここまで来るとようやく、あと何を調べればいいのかが明確になり始める。

要するに僕にとって、テーマとか問題設定とかいったものは、
ある程度の分量の史料なり先行研究なりを消化していった先で
向こうから立ち上がってくるものなのであって、
こちらの元々の興味関心の反映では必ずしもないのだ。
指導教官が、テーマが決まったら研究は半分終わっていると言っていたのは
そういうことなのだと僕は理解している。

たぶん、どちらの方法が優れているとかいう話ではないのだろう。
…いや、そうでもなくて、研究の生産性とか能率に関して言うなら、
先にテーマがあって資料を探すほうがよいのかもしれない。
それに、仮説めいたものを提示したうえで検証のためにこの資料を調べるという
態度で臨むほうが、研究費の獲得にとっては間違いなく有利になるだろう。
(もっともそれに気付いたのはつい二ヶ月ほど前のことだが…。)
あるいはもし、僕が最初からそういうやり方で研究を始めていたら、
博士論文はもっと早くに出来上がっていた可能性もある。

けれども、僕はやはり、自分が教わってきたやり方のほうがいい。
なぜなら、資料は往々にして僕を裏切るからだ。
何らかの期待を抱いて資料に当たっても、その期待が満たされるとは限らない。
むしろ、そこには必ず、僕の想像していなかったことが書いてある。
その驚きや困惑が、僕の進む方向を少しずつずらしていく、その繰り返し。
一見、まったく当てのない航海にも思える。
だがそうやって資料につき従っていくうちに、
あるとき突然、実は航路が存在していたことに気付く瞬間が来る。
その瞬間こそが楽しいのだ。
なぜならそれは、資料に入り込んでいく以前には見えなかったものであり、
したがって外側からただ眺めている他人には絶対に発見できないものなのだから。

研究の方法には、一長一短が必ずある。
僕も場合によってはテーマ設定型の手法を使いたいと思うが、
自分に染み込んでいるのが資料沈潜型のやり方であることは否定できない。

駒場に出入りをするようになって、京都とのスタイルの違いを肌で感じている。
そうして図らずも、自分が京都で受けた訓練の意味がわかるようになった。
繰り返し言うが、どちらの方法がよいとかいう話ではない。
ただ、僕が京都で大学院時代を過ごしたということが
今もこの先も僕にとっては決定的なことであり続けるのだろうという、
ただそれだけの話である。
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by ariga_phs | 2011-07-16 22:29 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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