川村湊『原発と原爆』
川村湊『原発と原爆:「核」の戦後精神史』河出ブックス、2011年。



震災直後から、ずっと不思議に思っていることがある。
原爆と原発はどうつながっているのか、ということだ。

原爆の壊滅的な被害を受け、かつ原水爆反対運動なども展開されたのに、
その一方で原発が推進されたというのはいったいどういうことなのか。
一部の政治家や科学者の動きなどにそれを帰すのはわかりやすいけれども、
それだけでは足りないように感じている。
何かもっと根本的に、時代の「空気」のようなものが作用してはいないだろうか。

この本は、ある意味で、僕が探していた本だった。
著者は文芸評論家で、さまざまな映画・マンガ・小説を題材に、
原爆と原発がどのように描かれてきたかを半ば網羅的に提示している。
いわゆる「原爆文学」がこの本のごく一部しか占めていないのはなかなか新鮮だ。
3.11以降に、しかも実質的には一ヶ月程度で書かれたにしては
実にさまざまな題材が取り上げてあり、このこと自体、とても参考になる。
黒澤明に原爆を(間接的に)扱った作品があるとか、
東野圭吾に原発を舞台にした作品があるとか、僕は全然知らなかった。

もっとも、本全体の話のまとまりということになると、若干心許ない。
大筋では、戦後の日本では原爆と原発が「いわば「善」と「悪」、
一つのものの二つの側面としてとらえられ、それを統合的なものとして語るという
「語り方」がきわめて少なかった」(39頁)とされ、
それが統合的に、つまり「核」の問題として語られるのは
スリーマイルやチェルノブイリ以降だろうという見方がなされているのだが(72頁)、
この主張を具体的に立証するという形で議論が立てられているわけではない。
そのあたりは今後、歴史家の課題になるだろうと思う。

僕としては、この本が面白いと思うのはむしろ、
上のような見方が著者自身の体験の反映として述べられている点だ。
たとえば、原爆と原発が別々に捉えられていたことについては、
「これは私の個人的で世代的な文化体験に依拠したいい方になるが、
「ゴジラ」と「鉄腕アトム」の並立ということになる」(39頁)とされる
(実際、この二つについてはかなり立ち入った議論がされている)。
そしてさらに別のところでは次のように書かれているのだが、
これは問題の核心にかなり迫っているように思う。

鉄腕アトムを見て育った世代(私は一九五一年生まれで、アトムと同い年である)
には、科学技術に「善悪」があるのではなく、それを使う人々の「心」の中に
善悪があるということは自明であり、そして戦後の日本人は、自分たちの心が
「善」であることを疑おうともしなかった。(70頁)

科学が価値中立的かどうかというのは科学者の責任や倫理を問題にするときに
必ず出てくる話だが、著者は別に科学者ではない。
この点が、時代の「空気」を考える上でのポイントではないだろうか。

著者は「あとがき」で、自分自身に対する「怒り」について書いている。
10代の頃に覚えた放射能への恐怖(キューバ危機の頃の記憶)から
ずっと逃げてきたことに対する「怒り」だという。
語弊を恐れずに言うが、たぶんその「怒りは、
アトムやゴジラとともに育った世代だからこそのもの、なのだろう。
世の中のことがわかるようになった頃には冷戦が終わっていた僕にとって、
その「怒り」はたぶん手の届かないところにある。
僕にできるのは、それを手掛かりにして自分なりに過去を構築することでしかない。
(ひとまず、よい機会なのでアトムとゴジラは観ておいても損はなさそうだ。)

それにしても、原爆から原発につながる線は、依然よく見えてこない。
とはいえ、何かしらそこに一つの線を引きたいと僕は思うし、
引いてみせるべきだろうとも感じている。
それはきっと、僕が何を研究のテーマにしているかとは違う次元で、
仮にも「科学史家」を自称するからには避けて通れない課題だろう。
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by ariga_phs | 2011-08-06 23:59 | 斜めから読む
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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