スタチェル編『アインシュタイン論文選』
ジョン・スタチェル編『アインシュタイン論文選:「奇跡の年」の5論文』(青木薫訳、ちくま学芸文庫)東京:筑摩書房、2011.

授業準備のため読む。アインシュタインが1905年(「奇跡の年」と呼ばれる)に発表した5編の論文と、それらに関する詳しい解説を収める。この選集の原書は英語なので、アインシュタインの原論文(ドイツ語)については重訳ということになる(ただし、原論文も適宜参照したと書かれている)。訳は吟味していないが、違和感を感じることは特になかった。




収められているアインシュタインの論文は次の通り。

1. 分子の大きさを求める新手法[学位論文]
2. 熱の分子運動論から要請される、静止液体中に浮かぶ小さな粒子の運動について[ブラウン運動の理論]
3. 運動物体の電気力学[特殊相対性理論]
4. 物体の慣性は、その物体に含まれるエネルギーに依存するか[同上]
5. 光の生成と変換に関する、ひとつの発見法的観点について[光量子仮説]

しかし利用価値が高いのはむしろ、編者による2つのイントロダクション(「「奇跡の年」100周年に寄せて」および「はじめに」)と、5つの論文の前にそれぞれ置かれた解説のほうである。これらが日本語で読めるというだけでも、この本は買う価値がある。

「「奇跡の年」100周年に寄せて」では、若き日のアインシュタインの人物像について、その性格、テクノロジーとの関わり、思考スタイル、最初の妻マリッチ(本書ではマリチと表記)との関係、という4点から考察されている。また付録として、マリッチがアインシュタインの一連の論文の共同研究者であったという俗説に対する丁寧な反証がある。

「はじめに」では、5編の論文の性格や物理学史上の位置付けについて、大きく3つの種類に分けて論じられている。具体的には次の通り。

論文1, 2:「古典力学のアプローチを、とくにその分子運動論的な面を拡張し、完璧に磨き上げようとするもの」
論文3, 4:「力学と電磁気学との明らかな矛盾を取り除くために古典力学の基礎を修正することにより、マクスウェルの理論を拡張し、完成させようとするもの」
論文5:「古典力学とマクスウェルの電磁気理論は両方とも、その有効性に限度があることを示し」、「物理学を統一するための新たな基礎を見出そうとする」もの

僕も大筋ではこの見方に賛成したいと思うが、もう少し厳密に言うなら、3, 4と5はいずれも、力学=原子論と電磁気学=場の理論という二つの理論形式の整合性を問題にしているのだと思う。そう解釈してよければ、アインシュタインが後に終生追及することになる統一場理論へのモチベーションはすでにこの時期からある、と言ってよいのではないか。

5つの論文に付けられた解説と注では、アインシュタインの論文集(Collected Papers)のものが簡略化して収録されている。アインシュタインについて研究する場合はCollected Papersを参照するのがセオリーなので、そこに載っている解説ということはつまり、アインシュタイン研究における標準的解釈を示していると思ってよい。加えて編著者のスタチェル(Stachel, 僕はステイチェルかと思っていたが確信はないのでスタチェルにしておく)はCollected Papersの監修者でもあるので、1905年のアインシュタインの仕事については、ひとまずこの本を参照しておけば間違いないだろう。

ただし日本では安孫子誠也氏がアインシュタインについて詳しく研究されており、独自の解釈を打ち出されていることを付記しておく(詳しくは、同氏の『アインシュタイン相対性理論の誕生』講談社現代新書、1994を参照のこと)。たぶん安孫子氏がそのうちこの本の書評を書かれるだろうと思うので、僕としてはひとまずそれを待ちたい。

ついでに書いておくと、この論集に収められているアインシュタインの論文の邦訳(原典からの訳)としては、『アインシュタイン選集』(共立出版、1970-71)や「物理学古典論文叢書」シリーズ(東海大学出版会)に収められたものなどがある。なお、岩波文庫の『相対性理論』も1905年の特殊相対論の論文を収めているが、訳文が原典から大きく離れている(かなり現代的に書き換えてある)ので注意が必要。
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by ariga_phs | 2012-01-21 20:04 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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