Golinski, "Science _in_ the Enlightenment"
[a] J. V. Golinski, "Science in the Enlightenment,"
History of Science, vol. 24 (1986), pp. 411-424.

[b] Jan Golinski, "Science in the Enlightenment, revisited,"
History of Science, vol. 49 (2011), pp. 217-231.

1985年に出た、18世紀科学史に関するHankinsの概説書 Science and the Enlightenment のエッセイレビューとして書かれたのが [a]. それから25年経って(!)、そこで論じた問題について再考したのが [b] である。




[a] はエッセイレビューであるにもかかわらず、Hankinsの本について述べているのは最初の1ページほどだけという異色の一篇。Golinskiの批判の要点は、Hankinsの本は『科学と啓蒙主義』という表題だが「啓蒙主義」とは何かについて定義や特徴づけを与えておらず、『科学「と」啓蒙主義』の「と」が単なる並置になってしまっている、という点にある。我々はむしろ『啓蒙主義「の中の」科学』について考えるべきではないのか、というわけだ。

そこでGolinskiはまず、啓蒙主義に関する近年(1986年時点における)の研究動向を述べ、かつて想定されていたような一貫した単一の啓蒙主義という見方がもはやなされなくなっていることを強調する。多数のローカルな(空間的にも時間的にも)ファクターからなる文脈の多元性だけがクローズアップされる中、そうした分析を補完するような単一の「啓蒙主義」を特定する必要がある、とされる。その際に考えられる方向性としては、知の考古学(フーコー)に則ること、特定の社会集団の経験として啓蒙主義を捉えること、啓蒙主義の解釈と利用(同時代における、ということだと思うが)の「可能性の条件」を分析すること、が挙げられている。

それから四半世紀が経ってどうなったか。結局のところ、啓蒙主義との関連において科学を解説する総合的な試みはHankins以来、行われていない。けれどもGolinskiによれば、近年の多くの研究は、ローカルな科学的活動がより大きな文化の変化をどう反映しているのかについて一定の示唆を与えているという。[b]ではその点が議論されるが、これは実質的に、科学と啓蒙主義あるいは啓蒙主義の中の科学に関する近年の研究のサーベイである。

前半では、Science in the Enlightened Europe(1999, Golinskiが編者の一人を務めた論集)から話を起こして、フーコーのいくつかのアイディア(たとえば知の権力)やハーバーマスの公共圏のアイディアについて述べてある。この二人は近代について対照的な見方をしていたが、啓蒙期がその起源として決定的に重要だという認識では一致していたと結んである。ただ、Golinski自身がこれらの議論をどう消化しようとしているのかはいまひとつ判然としなかった。明らかにこのあとの議論のほうが本論の中心になっているので、少なくともフーコーやハーバーマスをそのまま使うという提案にはなっていないと思う。

後半は科学の社会学・人類学、特にラトゥールの「ネットワーク」概念から出発する。科学史家はこの間、ヨーロッパ大陸の中だけでなく、ヨーロッパと海外(と仮に呼んでおく)のあいだで人やモノが移動する諸相を研究してきた。その結果、ヨーロッパを単に「計算の中心」と見るようなモデルはもはや成り立たなくなってきたし、国の枠組みで啓蒙主義を捉えることも十分ではなくなりつつある。また、その移動も完璧になされるわけではない(つまり、移動するものは移動する過程で変化を蒙る)ということもわかってきた。こうしたことを踏まえると、"new modes of communication, travel, and long-distance control" として啓蒙主義を定義することもできるのではなかろうか、とGolinskiは言う(このあたりの議論は明らかに、Secordの"knowledge in transit"と親和的)。

さらにそうしたグローバルな交流に伴って、"feeling of cultural insecurity" が現れてくる。僕なりの理解でこれを言い直すと、異文化に接することで自分の属する文化の絶対性が揺らぎ、ある種の危機(防衛)意識がはたらく、ということかと思う。Golinskiはこの種の感覚が啓蒙主義の経験にとって中心的だったのではないかと述べているが、これはもう少し発展させられそうな論点であるように思う(Dastonの文芸共和国論と接続できないか?)。

最後にまとめとして、啓蒙主義の時代の持つ両義性が指摘される。科学やますますつながっていく世界といった近代的な要素と、超自然的なものに対する根強い信仰のような伝統的なものと。この二つの面を同時に見据えることが歴史家には求められる、として本論は終わる。

読み終わった感想としてはまず、英米の科学史の本流ど真ん中といっていい主張内容だなというのがある。良くも悪くも、これひとつ読んでおくと、現代の科学史研究の問題関心やトレンドがどんなものかよくわかるだろうと思う。少なくとも18世紀ヨーロッパの科学史に関わっている人間なら、一度読んでおくべき内容であるには違いない。

けれども、ここでGolinskiが提案しているいくつかの方向性について僕はひとつ素朴に疑問に思うことがあって、ここで言われているような論点ははたして、啓蒙主義の時代に固有のものなのだろうか。むしろ、近世から近代にかけてなだらかに続いている変化の一部でしかないのではないかという気がしてしまう。しかしそもそものGolinskiの問題意識は、「啓蒙主義」なるものの言ってみれば本質を捉えたいということではなかったのか。それはつまり、17世紀とも19世紀とも区別される(もちろん年号による区分に意味はないが)「18世紀的なもの」を同定する試みだと僕は了解したのだが、"new modes of communication, travel, and long-distance control" や近代-前近代の両義性といったヒストリオグラフィは程度の差こそあれどの時代にも当てはまってしまうように思う。それでよいのだ、とする立場も当然ありうるけれど、この論考のGolinskiがそういう立場なのかどうかはよく分からなかった。

僕自身はどうかと言えば、たまたま18世紀のことを研究している印象論でよければ、この時代はそれ以前ともそれ以降とも区別される独特な要素を何かしら持っていると感じている。なのでそれをつかまえたいと思っている。そのための方策として念頭にあることは2つあって、1つはフーコーとハーバーマスを読み直してみること。歴史を一般論で語りつくすことはどうやっても無理な話だけれども、近似として時代の理念型を提示することにはやはり意味があると僕は思う(たぶんGolinskiもそれ自体には同意するのではないか)。そしてそれを考えるには結局、何かしらの示唆を与えてくれる古典から出発するのがたぶん一番早い(とは言いつつ、なかなかそういう時間は作れないが……)。

もう1つは、この時代に明らかに特有であるような現象から出発して考察を進めること。今のところ具体的に念頭に置いているのはアカデミーと学術誌という制度である(厳密には17世紀からあるけれども、本格的に広まるのは18世紀という意味で)。私見だけれども、そもそもHankinsの本が Science in the Enlightenment になっていないのは、そういう制度的な面について少ししか議論していないからではないのか(このことをGolinskiがほとんど問題にしていないのが不思議)。しかし科学と啓蒙主義とが本当に交差するのはたぶんそういう次元においてだと思うし、アカデミーや学術誌と啓蒙主義とは相互に支えあうような関係になっているような感じがする(なんとなく)。そしてそういう制度的な構造はある程度、そこで行われる科学研究のスタイルにも影響してくるだろうと思うわけで、そのあたりをつきつめて考えていくと、「啓蒙主義の中の科学」というのが本当に意味のある言葉になってくるのではないかなと(希望)。

要するに、歴史学的な実証研究はもちろん大いに進めるべきなのだが、もう少し古臭いやり方で、古典と最近の研究成果とあと少しの一次史料に基づいて掘り下げた考察をするというのもあっていいんじゃないかと思うわけだ。自分は正直、歴史学固有の方法論で何かよい仕事ができるとは思えないし(そういう訓練はついぞ受けないままここまで来てしまった)、そちらで勝負するしかないなあ、というのが今の偽らざる心境である。
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by ariga_phs | 2012-01-31 22:29 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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