Sarnowsky, "Impetus"
Jürgen Sarnowsky, "Concepts of impetus and the history of mechanics,"
in Mechanics and natural philosophy before the Scientific Revolution, ed. W. R. Laird and S. Roux, pp. 121-145. Dordrecht: Springer, 2008.

インペトゥス概念の(たぶん最も新しい)歴史的概観。6世紀から18世紀までという非常に長い時代をカバーしている。言及されている人物も数多く(もちろん個々の記述は短いが)、名前すら知らなかった人も多数挙げられている。たいへん便利なまとめである。



インペトゥスというのは、投げられた物体が運動を続ける原因として想定された、物体に「込められた力」(vis impressa)のことを言う(僕は最近、これに「刻印力」という訳を当てたいと思っている)。それで力学の前史として語られるのだが、著者はこれに対し、この概念が元々アリストテレス-スコラの文脈で持っていた位置付けとその変質に注意を促している。

アリストテレスにあっては元来、「運動」(というよりたぶん「変化」という日本語のほうが誤解が少ないと思う)について、(A)「運動[変化]させられるものはすべて、ほかのものによって運動[変化]させられる」、(B)「運動[変化]させるものと運動[変化]させられるものとは simul である」という二つの原理を想定していた。simul は適当な日本語が思いつかないが、媒介するものが何もない、という意味だとされている(著者は together という訳を与えている)。

著者に言わせると、中世を通じて行われたインペトゥスに関する議論は上の二つの原理のもとでの「パズル解き」(Kuhn)なのであって、アリストテレスの枠組みで投射体の問題を扱うときの一つのオプションにすぎなかった。しかし、もともと投射体の運動を説明するために使われたこの概念はやがて、天体の運動や落下による加速といった現象の説明にも持ち出されるようになる。そしてガリレオあたりまで時代が下ってくると、もはや当初のアリストテレス-スコラ的な文脈はどこかに消えてしまって、原理(A)(B)と関係ないところでこのアイディアが用いられるようになる。

そういうわけだから、中世に「インペトゥスの自然学」があったとは言えないし、そもそもインペトゥスの内実は言う人によって差があるので、一貫した「インペトゥス理論」があったとすら言えない。これが著者の基本スタンスである。であれば(ここから僕の注釈)、アリストテレス自然学→インペトゥス理論→近代力学という形で力学の発展を語ることはできず、むしろ文脈のラディカルな取り換えがガリレオ前後に起こったということになりそうだ。しかしこれは意外なほど、かつての科学革命論に似ていないかしら。

なお、この論考全体を通じて参照されている基本文献が2つあって、次の通り。

Anneliese Maier, Zwei Grundprobleme der scholastischen Naturphilosophie. Das Problem der intensiven Grösse, die Impetustheorie, 3., erw. Aufl., Roma: Edizioni di storia e letteratura, 1968.

Michael Wolff, Geschichte der Impetustheorie : Untersuchungen zum Ursprung der klassischen Mechanik, Frankfurt am Main: Suhrkamp, 1978.

それから、近年の研究(この論考では考慮されていないとされる)として次。

Klaus-Jürgen Grün, Vom unbewegten Beweger zur bewegenden Kraft : der pantheistische Charakter der Impetustheorie im Mittelalter, Paderborn: mentis, 1999.

ちなみに著者自身には次の著書があるようだ。

Jürgen Sarnowsky, Die aristotelisch-scholastische Theorie der Bewegung : Studien zum Kommentar Alberts von Sachsen zur Physik des Aristoteles, Münster: Aschendorff, 1989.

インペトゥスについて研究しようと思うならまずはドイツ語を勉強しろということか。
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by ariga_phs | 2012-02-01 12:43 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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