伊藤「18世紀前半の力学における「座標」概念」
伊藤和行「18世紀前半の力学における「座標」概念」
『科学哲学科学史研究』第6号(2012),91-102頁.

http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/153494



論文ではなく研究ノートだが、今後多く参照されることになりそうな一篇
(どちらかというと、歴史に興味のある物理屋さんに)。
自分の指導教官の書いたものにコメントするのは妙な気分だけれども
簡単に内容をまとめておく。

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タイトル通り、18世紀前半の数学者たちが力学の問題を解く際、
座標をどのように用いているのかを議論している。
具体的に挙がっているのは次の著作。

[1] クレロー『地球形状論』(1743)
[2] ベルヌーイ(ヨハン)『多重振子について』(1742)
[3] オイラー『力学』(1736)
[4] オイラー『天体の運動一般に関する研究』(1747)

少しタイトルに語弊があると思うのだが、この論考で問題になっているのは
座標というよりは座標系である。
とりわけ、いわゆるデカルト座標系や極座標系のような、
物体と関係なく空間に対して設定される座標系の出現が議論される。

結果をごく大雑把にまとめると、[1]と[4]では今日馴染みのある座標系が使われるが、
[2][3]ではむしろ、物体の(各瞬間における)運動方向とそれに垂直な方向に
運動が分解されて議論されている、ということになる。
特にオイラーの場合は、空間固定座標系が最初に用いられたのが[4]とのこと。

けれどもこの論考が重要なのはたぶん、空間固定座標系の出現が
「同時に運動方程式の形式と用法の転換を伴うものだった」(p. 100)
と指摘されている点である。
特に、[2]や[3]では接線方向の式が活力の変化を与えていた、というのは
[僕にとって]たいへん重要な論点になってくるかもしれない。

また、論考の一番最後では、ここに見られるような転換の契機は
質点系や複数の物体の運動という問題にあったのではないかとされている。
これはあくまで今後検討されるべき課題というような位置づけだけれども、
もっともらしい仮説ではある。

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これは僕の感想だが、「まとめ」で述べられている見方が正しいとすれば、
座標系の変化というのは単にテクニカルな次元の問題にはとどまらないだろう。
つまりそこには、そもそも何が目指されているのかという問題意識の変化や、
固定座標系という新しい道具立てに伴う数学者の実践の変化ということが
関係してくるように思われる。

ちなみに少しだけ内輪話をすると、この座標系の出現という問題は
伊藤先生が何年も前からずっと気にされているテーマでもある。
ぜひこれを拡張して、本格的な論文として発表していただきたい。

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※自分用メモ

・クレローの"effort"概念
・Blay 2002 と Maltese 1992
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by ariga_phs | 2012-04-17 20:20 | 何かに使えそう
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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