割り切れない話
理由もよくわからないのに気分が塞ぐ、というのはあまり気持ちのいいものではない。
じゃあ理由がわかれば気持ちがいいのか、と言えばそんなこともないわけだが。

1,2週間前から、どうも調子がよくないのだった。
研究にも身が入り切らないし、なにより身体がなんとなく重たい。眠い。
別に忙しくしているわけでもなし、どうも理不尽だ、割り切れない。

割り切れないと言えば、数字の2は割り切れないことが苦手な性格なのだという。
それで帽子やきゅうりとは最初、打ち解けられなかったのだと。

江國香織の『ホテル カクタス』を読んだのである。
ひと月ほど前だったか、BxxKxxFで単行本が叩き売られているのを買った。
考えてみればそういうものを買っている時点で
何かが足りないと心身が訴えていたのかもしれない。
とはいえようやくページを開いてみたのは1,2週間ほど前のことで、
そのときも確かここで読んでいたのだったような気がする。
半分くらい読んでまた日常に戻った。そして今日を迎えた。
続きを読んだ。読み終わった。そうしてまた、日常に戻るに違いない。

それはそれとして、本当にまあ、三人のキャラクターがうまくできている。
帽子ときゅうりと数字の2を「人」で数えるのかという疑問はもっともだが、
事実「人」で数えられているのだから仕方ない。
なんとなくハードボイルドの入った初老の帽子と、
悪気のない真直ぐな性格で運動好きな若者のきゅうりと、
役所勤めで少し神経質なところのある数字の2と。
古ぼけたアパート「ホテル・カクタス」での彼らの日常と交流、
そのシーンの一つ一つが実に豊かにイメージされてくる。
小説というより、絵本を開いているような錯覚にとらわれるのはなぜだろう。
どうして言葉だけの、しかもごく短い簡単な文章が、
これだけ良質な絵の具の役割を果たすのだろう。

長いこと、満足のいく文章を書いていないような気がする。

文章ならそれこそ毎日でも書いている。
書き進めている博士論文は、これはこれで、よい内容になっていると信じている。
けれどもそのことと、書いている文章に自分が満たされているかどうかとは別だ。
考えながら書く文章は、書いている途中で淀んでしまう。
考えが固まる先から書いていかなくては、直感をそのまま文字にしていかなくては、
本当に満足のいく文章にはならない。
理性ではなく感情を写し取るような文章を、たぶん書きたがっている。

(論文なんかも、そうやって書けたらいいのに。)

梅雨入りして気候が安定しないことも、気分が乗らない一因かもしれない。
今夜もわずかに小雨がぱらついていて、窓の外の道路を走る車のたてる水音が、
音楽のかかった店内にまで時折わずかに響いてくる。

残念ながら、この話が気持ちのいい落ちを迎えることはなさそうだ。
まあ、別にそれでもいいけど。――今のところは。

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ちょっとくらい仕事しようかな。
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by ariga_phs | 2012-06-16 20:50 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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