引篭る
引篭っている。
何から? ――「世の中」から。たぶん。

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「情報」というのが苦手だ。
いや、正確には、「情報の洪水」が苦手だ。
どうして「世の中」の人々は、あれが平気なのか。
それとも本当は、平気な人などごく一部なのだろうか。

『災害弱者と情報弱者』という本を読んだ。
3.11以降「何が見過ごされたのか」を問い、
災害に対して特に脆弱な人々の存在や、情報へのアクセスをめぐる格差、
といった問題を提起している。
著者の一人が友人であるという特殊事情を措いても、好感の持てる本だった。
自分たちの手にしている情報や立場を絶対化せず、
そこから零れ落ちるものに常に注意が向けられていたからだ。

話は変わるけれども、スマートフォンは危ないと前から思っている。
スマートフォン自体が危ないわけではないのだが、
それを使っているユーザーに危機感を覚えることがある。
インターネットとの距離感がまるで違うのだ。
僕は持っていないので、他人が使っているのを見た推測でしかないが、
スマートフォンのユーザーはほとんど腕時計に目をやる感覚で
インターネットに接続しているような気がする。
そのことが良いか悪いかは僕には分からない。危惧しているのは、
インターネットとのその距離感がすべての人にとって当たり前だと思っていないか、
ということだ。

僕は普段、ノートPC+モバイル接続という形でネットを利用していることもあり、
あまりネットを使っていない。
2日か3日に一度くらいしか、PCをネットにつながない。
この文章も、ウェブ上ではなく、ローカルのテキストエディタで書いたものを
後からコピー&ペーストしたものだ。
普段は携帯(旧来の、いわゆるガラケー)で必要最低限の情報を得ている。
Twitterも、何かつぶやきたいことがあったときなどに携帯で画面を開く程度。
タイムラインを追う、ということも基本的にない。
そして実際、これで何も不自由していない。

世の中が僕に合わせてくれればいいのに、とは言わない
(いいのに、と思うのは確かだけれども)。
ただ、根本的に情報が苦手という人間がいることも分かってほしい。

ある種の被害妄想かもしれないが、いわゆる論壇に立つ人たちや、
Twitter上で議論をしている人たちは、概して情報に強い体質なのだと思う。
僕はああいうふうには振る舞えない。
一を聴いたら、十とは言わないまでも五くらい考えてからでないと発言できない。
しかし考えているうちに話題はどんどん流れていく。
タイミングを逸した言葉が、僕の中に堆積していく。それがストレスになる。
だから引篭っている。

・・・





・・・・・・







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そういえばしばらく書評を書いていないな、と思った。

たぶん僕が、世の中と言葉でつながれる回路を求めるとしたら、
書評というのが一番確実で有意義だろうと自分では思っている。
いや、「思っている」というか、「思い出した」。
弱者には弱者なりに、できることがある。

・・・もっとも、自分が弱者だと思い込むのもたいがい危険なことだけれど。
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by ariga_phs | 2012-07-16 23:59 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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