最近の話
10月20日だったかに学振特別研究員の審査結果が出て、不採用となった。
通らない可能性はもちろんあると思っていたが、正直あれほど低い評価とは思わなかった。
震災の後で自分は何をするのか、何ができるかを考えた末の書類だっただけに尚更。
それで一気に緊張の糸が切れた。

何か1つのことに自信を無くすと、連鎖的にいろいろと自信を失うものだ。
そこからの1ヶ月ほどは、毎回授業のたびに「うまくいかなかった」という繰り返し。
だいたい、こちらが自信なく喋っている講義が聴く側に面白く聞こえるはずはないわけで、
こうなると負のフィードバックループにはまってしまう。
学生さんには申し訳なかった。

救いだったのは市民講座。
ちょうど学振の結果が出た直後から、だいたい毎週1回、計5回話をした。
コペルニクスからニュートンまでという、ある意味では素朴過ぎるようなテーマを、
自分なりのまとめ方で話すという試み。
受講生の方々(ほとんど60代以上)は物凄く熱心で、反応はとてもよかった。
「ぜひ続きをやってほしい」「ぜひこの内容を本にして出してほしい」
といったことまで、何人かの方からは言っていただいた。
これが無かったら本当につぶれていたかもしれない(精神的に)。

11月のあいだに、9月の研究集会で発表した内容を論文(英語)にまとめた。
それから、来年の国際科学史会議で発表するための要旨(英語)を書いた。
前者に関しては、校閲に出している余裕がなかったけれども仕方ない。
後者に関しては、参加費用などをどうするのかという大問題があるけれども、
ある先生の紹介でシンポジウムに参加することになっているのでともかく書いて出した。
それからさらに、公募への応募が一件(推薦状をいただいた先生方に感謝します)。
・・・あの精神状態でよくこれだけ進められたと思う。

博士論文の年内提出は断念した。課程博士の期限には間に合わなかった。

本当は、上で書いたもろもろを手放してむしろこちらを取るべきだったとも思う。
しかし仮にそうしていたとしても、間に合ったのかどうかは分からない。
とりあえず出来たところをまとめて出す、というのが賢い選択だったのも知っている
(実際、ある人からは何度もそのように説得された、とても有難かった)。
けれども、ようやく自分の中で話の筋が通りそうな感触がある中で、
中途半端なものはどうしても出したくなかった。
思っていたよりも自分は、器用な人間ではなかったらしい。

ここ数ヶ月、授業などを除けば、研究会にも顔を出さず、人ともほとんど会わず、
それどころか授業や論文や書類に関わる以外のものを、
読んだり書いたりすることすらしなかった。
結果としてこれは、精神衛生上、とてつもなく悪かったと反省している。
兎角いろいろなものを「面白い」と思ってかじってみる、という雑食系の生き方が
本来の自分の流儀にもかかわらず、それを過剰に抑圧したのはよくなかった。

そういうわけで、ブログの更新なども再開していきたいと思う。
今日の昼間は数ヵ月ぶりに、自分の研究とは直接関係のない
科学史の専門書(英語)を読んでいた。
とても楽しかった。

ようやくそこまで戻ってきた。
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by ariga_phs | 2012-12-08 22:38 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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