筑波雑感
まさか筑波に住むことになるとは思わなかった。

4月からの勤務先の関係だが、その話はまた今度にしたい。
ともかく3月25日の月曜日、小雨の降る日に、筑波に引っ越してきた。
その日のうちに必要最低限の片付けだけ済ませると、
翌26日は丸一日、市役所に出掛けたり運転免許の書き換えに行ったりして終わった。
27, 28日は両日、所要のため都内に出掛けてきた。
今日(29日)になってようやく、自分の部屋を少しばかり片付けたり、
これまでとこれからを考えたりする時間ができた。

--------

今回の引っ越しが決まる前、筑波には一度だけ来たことがあった。
秋葉原からつくばエクスプレス(TX)に乗り、終点で降りて地上に出てきたとき、
そこに広がる人工的な空間に強烈な違和感を覚えたのを記憶している。
道路はまっすぐか、もしくは計画的に曲がっていて、概して広い。
高層ビルこそほとんどないが、建物は一辺がやたらと長い。
「整」という漢字を具体化したような、いかにも「新しく開発しました」という感じ。
住んでいる方々には悪いけれども、自分はここには住みたくないなあ、
となんとなく思った。そこに住むことになった。

部屋を探した際、不動産屋で聞いた話によると、
つくば駅の周りはTXが開通してからがらっと変わったのであるらしい。
確かに、駅から少し離れると、依然として人工的な雰囲気はあるけれども、
多少こなれたような、人間に馴染んだ空気を感じる。
「以前に新しく開発されました」というような。
そういう、このくらいならまあ住めるかな、というあたりに部屋を借りた。
依然として室内には本の詰まった段ボール箱が積み上がり、
新しく必要になる一部の家具も必需品と言ってよい自転車もまだないが、
生活できるという感覚はほんのりと漂っている。

2年前、調布に越してきたときもそうだった。
引っ越しはすでにしてあったが、実質的に住み始めたのは震災の直後で、
空になったスーパーの棚やガソリンスタンドに列をなすたくさんの車を目撃し、
さらに計画停電まで体験してしまった。
ここで生活できる、と思えるようになったのがいつ頃だったのかは定かでない。
ただ、4月の末から非常勤の研究員として会社に行くようになったあたりからは、
やるべきことができた、というのと、収入に目処が立ったという理由で、
精神的にもだいぶ安定したのではなかったかと思う。
そして震災と、その会社での経験がなければ、たぶん筑波に来ることはなかった。

仮に震災がなければ、あるいは引き続き京都で暮らしていたなら、
今回の就職はありえなかっただろうと思う。
僕はたぶん、18世紀の力学という研究テーマをあるいは横方向に広げて
18世紀の西洋科学史を研究し、あるいは縦方向に広げて
理論的な力学の歴史を研究していただろう(それで就職できたとして)。
今でもそういうことをやりたいとは感じている。間違いなく。
けれども2年間で、自分の意識は決定的に変わってしまった。
一言で言えば、テクノロジーや工学というものを抜きにして、
あるいはその日本での歴史的展開を抜きにして科学史を考えることに
意義を見出せなくなった。
僕自身がそんなことを望んだわけではない。しかしそうなってしまった。

--------

「つくば市」という名称が、どうも気に入らない。
「筑波市」とすればよいのに、なぜ名前までそんなに人工的にするのか。
人工的であることがアイデンティティだとでもいうのだろうか
――案外、そうなのかもしれない。

引っ越してきてから、駅や家の周辺を歩き回ってみて感じたことがいくつかある。
見かける人の年齢層がそれほど高くない(お年寄りが少ない)こと、
牛丼屋のような安い店がほとんどないこと、やたらと塾を見かけること。
「つくば市」が理工系の研究機関の集積地であることを考えると、
そうしたことはたぶん説明がつく。
駅ビルの書店に『nature ダイジェスト』が置いてあったり、
「この歩道はロボットが通ることがあります」という表示のあったりする都市が、
日本にここ以外あるのかどうか僕は知らない。
いずれにせよ、相当極端なところであるのは確かだろう。
まちそのものが、サイエンスとテクノロジーで成り立っている。
僕が今まで18世紀のヨーロッパに探ってきた「科学」とは、質感の異なる何かで。

望んだわけではまったくないのに、つくば市民になってしまった。
ただ考えようによっては、現代の科学技術 science-based technology
について考えてみるのにこれほどふさわしい場所もないように思う。
どんな場所にも、そこからでは見えないものと、そこからしか見えないものがある。
僕はその両方を追い続けたい。
ここに何年住むのかわからないが、同調しつつ、違和感を保ち続けていきたい。

大したもので、この数日で早くも、まちの雰囲気にはだいぶ慣れてきた。
せめて意図的に、ことあるごとに「つくば」でなく「筑波」と書きたい。





#付、このブログの今後について

これまでにもたびたび運用方針を変えてきたこのブログですが、
今後は随想めいた雑文を書くのに特化します。
雑文には、本(日本語の一般書、科学史関連のものも含む)の感想や、
仕事内容に関わる話題も含まれる予定です。

以前に一時期載せていた、科学史の専門的な論文のまとめは、
近いうちに別のところに移転させます。
[PR]
by ariga_phs | 2013-03-29 21:35 | 歳歳年年
<< 抱負 中江兆民『三酔人経綸問答』 >>

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

Vivre Comme Ornithorynque.
筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
ウェブサイトはこちら
カテゴリ
最新の記事
生存確認
at 2013-08-10 21:15
橋本毅彦『近代発明家列伝』
at 2013-06-15 21:32
オディロン・ルドン 夢の起源
at 2013-06-08 21:46
量子の地平線
at 2013-06-02 15:58
仕事
at 2013-05-07 21:26
その他のジャンル