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2nd East Asian Student Workshop 雑感
韓国でのワークショップで得た、たくさんのものについて。



まず自分の発表について言うと、僕の発表したセッションのDiscussantの人が
内容についての詳しい補足説明とクリティカルな質問を用意してくれていて、
嬉しい誤算だった。何とか返答はしたものの、正直、分は向こうにあったと思う。
とはいえ、全体としてはわりと面白く聞いてもらえたようでよかった。
そして何より、質疑応答を含めて英語がちゃんと通じたことにほっとした。

しかし今回のワークショップでは、発表はあまり思い出に残っていない。
加えて、僕が発表したセッションの中を別にすれば、
専門的な事柄について議論することはほとんどなかった。
むしろ、三日間を通して異文化(似文化?)交流に終始していたというほうが正確で、
皆で2時まで酒を飲んで喋っていたり、数時間だがソウルを案内してもらったりした。
個人的な感想はとにかく「楽しかった!」という一言に尽きる。
一度に20人くらい知り合いができたし、皆とても親切かつフレンドリーだった。

それから、僕の研究内容にダイレクトに関わることではないにせよ、
間接的に研究上の刺激になったことがいくつかある。
以下にそれを書いておきたい。



まず驚いたのが、現地の大学院生の多さ。
ソウル大学のProgram in History and Philosophy of Scienceには、
修士からPh.D candidateまで合わせて、全部で50人近い大学院生がいるらしい。
ちなみに、部署の名称はうちと同じ「科学哲学科学史」だが、
現代史や科学社会学に近い内容をやっている人も多いようだ。
また、今回は全然接触できなかったのだが、話によると、
伝統的な科学哲学(それこそポパーとかクーンとかを含むような)を
やっている人もいるとのことだった。

韓国ではこのソウル大学が科学論関係の最大のデパートメントだが、
他にもいくつかの大学に、もっと小さい規模ではあるが、同じような部門があるそうだ。
今回のワークショップにはそうした他の大学からも院生が来ていて、
僕個人は、チョンブク(全北)大学の人たちと知り合いになった。

要するに、蓋を開けてみれば、院生の人口は日本と同程度以上だったわけだ。
少なくとも科学史に関して言えば、間違いなく、日本より韓国の方が院生の数が多い。
全員と話ができたわけではないので、他にもまだいると思うのだが、
僕が今回知り合った人たちの中では、西洋科学史関係の人が7人くらい、
韓国科学史(主に20世紀)の人が10人以上いた。
個々の研究内容については深く聞けなかったので断言はできないが、
数で見る限り、日本の方が科学史の後進国だと言わざるを得ない気がする。



もう一つ、韓国で行われている科学史研究に関して印象的だったのは、
Science in Colonial Korea が一つの重要なテーマとなっている点だった。
日本から参加していたTさん(東大)とも喋っていたのだが、
ちょうど日本が西洋を見るときと同じような問題関心が当地にあって、
中心―周縁という構図における日本の立場がここではひっくり返っているということに、
正直言って目から鱗だった。

僕は、科学史の対象というのは本質的に国境と無関係なものだと思っていて、
「日本の科学史」という発想が基本的に嫌いである。
(誤解の無いように書いておくが、「アメリカの科学史」「フランスの科学史」etc. も同様。)
けれども、Science in Imperial Japan という主題は、日本の歴史であると同時に、
韓国の、中国の、台湾の、要するに東アジア圏の歴史なのだということを今回実感した。
これを真面目に研究するにはそれこそ、国境を越えた共同研究が必要だろう。
だが、日本国内ではそうした方向への関心が非常に少ないような気がする。
(そう思うのは、僕が専ら西洋科学史をやってきたからか?)

西洋に対する日本の独自性を強調するような科学史は僕の趣味ではないが、
日本が東アジア圏に与えた影響を考える科学史だったら研究してもいいと思った。
また、よく日本では西洋に比べて史料の保存がなっていないと言われるが、
少なくとも戦前・戦中の植民地科学に関する史料の保存は、ある意味、
東アジア圏の国々に対する日本の義務ではないのか、とも考えさせられた。
要するに、僕のもともとの関心である「科学の概念や理論の歴史」とは全く別の次元で、
日本の科学史に手を出すモチベーションを得たと言ってよいと思う。



わずか2泊3日ではあったけれど、今回得たものは本当に大きい。
この経験を今後どう生かしていくかが、僕の将来的な課題になると思う。
加えて、日本における科学史研究の現状に関してこれだけは確実に言えると思うのだが、
西洋科学史にせよ日本の科学史にせよ、あるいはその他の地域の研究にせよ、
科学史を専門にする若い研究者人口をもっと増やさないと駄目だと思う。
by ariga_phs | 2008-01-27 23:36 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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