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ノーベル賞(その2)
今年の物理学賞はすぐれて今日的だと思う。



光ファイバーとCCD(電荷結合素子)という二つのテーマが授賞対象だけれども、
両方ともにいわゆる情報化社会を支える技術と言っていい。
評価されたのは1960年代の仕事なので古いと言えば古いのだが、
今になって授賞にいたったのはやはり、近年の社会の変化が大きいのだろう。
同じ研究であっても、それが重要と見なされるかどうかはこの場合、
ある程度まで科学の外側で決まっていることになるわけだ。

それにしても、今回の物理学賞で印象的なのは、授賞したのが明らかに応用科学だという点だ。
もっとも基礎科学と応用科学とが明確に区分できるとは思わないが、
少なくとも程度問題として、今回の賞が応用研究っぽいのははっきりしている。
昨年の日本人三人の授賞は素粒子分野の理論研究に対してだったし、
その前年は物性方面での重要な発見に賞が贈られていた。
最近では2000年にIC(集積回路)の発明が物理学賞をとった例があるが、
歴史を振り返ってみると、こういうタイプの研究が授賞した例はやはり少ない。

さらに言うと、応用的な業績の場合でも、かつては何か基礎研究があってその応用にも成功した、
という趣旨になっていたことが多かったのではないだろうか。
典型的には1956年の「半導体の研究およびトランジスタ効果の発見」がそれで、
「および」には、半導体の研究→トランジスタ効果の発見という含みがありそうに思う。
これと比べると、今回の授賞理由「光通信を目的としたファイバー内光伝達に関する画期的業績」と
「撮像半導体回路であるCCDセンサーの発明」からは、そういう空気が感じられない。

科学と技術とが今日では一体になっている、とはよく言われるところだ。
日本語だと「科学技術」という言葉がわりと早くから(戦時中であるらしい)使われてきたので
あまり違和感がないが、特に西洋科学史に即して見たときにこれがかなり新しい事態なのは
間違いない。だからこそ、20世紀後半にもなお、基礎科学の優位が説かれてきたわけだ。
それを踏まえると、ある意味では基礎科学の牙城のような物理学分野で、
ノーベル賞が工学的業績に贈られるというのは考えさせられるものがある。
しかもその決定が少なからず社会状況に左右されているという事態はやはり、
何か本質的な新しさを感じさせずにはおかない。
by ariga_phs | 2009-10-08 10:58 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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