HOMETOWN
■HOMETOWN <喫茶店>@百万遍■



どんな店にも、それにふさわしい季節や時間帯があると思っている。
この喫茶店の場合、季節としては冬場がいい。
時間帯としては、やはり日が沈んだ後だろう。

大学からすぐ、百万遍の交差点を上がってすぐの西側にあるこの店には、
もう何年も前からお世話になっている。
ラジオの流れる狭い店内には小さなテーブル席が4つと数席のカウンター席があり、
内装や調度は木製でどことなく年季を感じる。

その一番奥の二人掛けのテーブル席に、入口のほうを向いて座るのが好きだ。
正面のガラス窓は内外の温度差でほのかに曇り、東大路を行き交う車のライトと
道を挟んで斜め向かいのモスバーガーの灯りとをほのかに暈して、
暖かな空間を演出している。そしてそこに運ばれてくるハヤシライスの香り。
この店で一番好きなメニューだ。

背中側、店の奥の突き当たりには、たくさんの漫画が置いてある。
僕は普段めったに漫画を読まないが、この店にいるときは読んでいることが多い。
というより、そもそも何かを読むことを目的にして訪れるということがよくある。
最近になって、『鋼の錬金術師』を読み始めた。
なるほど人気があるのもわかる、これは確かに面白い。
人物がよくできていると思うし、ストーリーも練られている印象を受ける。
だいたい小説家が一つの作品を丸ごと一度に発表するのとは違って
連載物の場合だとあらかじめストーリーを固めておくのは難しいと思うのだが、
この作品は先の展開まで含めてかなり構想が定まっている感じがして、
とかくストーリーというものを重視する僕にとってはその点で満足度が高い。

このストーリーの重視、つまり話をどう作るかということへのこだわりは、たぶん、
根本的なところで僕の性格を形作っている。
小説家になりたいと思ったことこそないが、それに類することは過去にいろいろあった。
それは今でも確実に、僕の研究のやり方を大きく規定している。
ここ数カ月以来というもの、僕の頭の中の大部分を占めている関心事は、
博論の構成をどうするかということだ。
手持ちの材料には何があるのか、そこからどういう話ができて、何が足りないのか。
その話はこの漫画より面白いのか。
誰かに面白いと思ってもらえるのか。
少なくとも、そこに一つの「世界」を構築することができるかどうか。
ハヤシライスの香りと曇った窓ガラスの内から、僕は外の灯りをじっと見つめていた。
ラジオが今日のニュースを伝えている。

しばらくしてから、何かに納得したかのように店を出た。
空はよく澄んでいて、三日月が静かに光っていた。
この店にはやはり、冬の夜がよく似合う。
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by ariga_phs | 2009-11-23 21:28 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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