2010/1/24
科学史学会京都支部例会のため、京都産業大学へ。

この会では最近、矢野先生(京産大)や斉藤先生(大阪府立大)のところに滞在されている
外国人の研究員の方が(英語で)研究報告をされることが増えている。
そのため結果的に、分野としては数学史関連、それも古代~中世の非西欧圏の話題が多い。
今回もその例に洩れず、行われた三件の発表は次の三つの話題を扱っていた。

・中世アラビアにおけるエウクレイデス(ユークリッド)『原論』の注解
・中国(清朝)の数学書における図版
・古代エジプト天文学における「デカン」という概念

これに対して僕の研究フィールドは18世紀のヨーロッパであるわけだが、
なんとなくイメージが掴めるのはせいぜいヨーロッパの近世以降(15,16世紀~)であって、
それ以前の時代あるいは他の地域ということになるとまったく嗅覚が効かない。
なので毎回、聞く話のすべてがまるで異世界のことのようで、圧倒される。

こういう研究報告を聞くことが具体的に僕の研究に役立つとは思っていないのだが、
三つほど、心構えという点で考えさせられることがある。

まず、近世より前(活版印刷以前)の時代の話だと、史料が一点ものであることが多いせいか、
史料の扱い方が物凄く緻密だという印象を受ける。
言わば、一つの史料から絞りとれるものはすべて絞りとろうというような・・・。
僕はどちらかというと様々な史料を見てそこから何かを得ようとする傾向があるのだが、
ここでは逆に、単一の史料をみっちり検討することの重要さを思い知らされる。

次に、多言語性。古代や中世のことを研究されている方々は概して、
英独仏は当然として、各種の古典語や非西欧圏の言語を多数使いこなしているように思う。
僕自身、一つの言語を極めるよりは多くの言語を横断することに活路を見出したいと思うのだが、
今日発表された方々を見ていると、修行が全然足りないと感じる。

最後に思うのは、スケールの大きさ。
これもある程度は史料が限られているという制約から来るものだと思うが、
例えば天文学の歴史だと、ヨーロッパのみならずエジプト、バビロニア、インド、中国など
さまざまな文化圏のあいだでどのような交渉があったのか、という話が平気でなされるのに驚く。
また時代的にも、数百年くらいのスパンで議論される方がむしろ普通で、
そこからすると「18世紀の力学」という僕の現在の専門が極めて狭いものに感じてしまう。

もちろん、古代・中世と近世・近代・現代を同じように扱うのは無理な話だが、
姿勢として見習ってみるべき点はいろいろあるだろうと思うのだ。
その意味でも、この研究会はいい機会になっている。


--------

今日の発表である意味一番印象に残ったのは、
「トゥーシーはアラビアのヒルベルトだ」ということです(笑)
 ↑
(どうしても気になる人は聞いてください。)
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by ariga_phs | 2010-01-24 21:29 | 歳歳年年
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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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