<   2012年 07月 ( 2 )   > この月の画像一覧

引篭る
引篭っている。
何から? ――「世の中」から。たぶん。

a0097088_21212088.jpg



「情報」というのが苦手だ。
いや、正確には、「情報の洪水」が苦手だ。
どうして「世の中」の人々は、あれが平気なのか。
それとも本当は、平気な人などごく一部なのだろうか。

『災害弱者と情報弱者』という本を読んだ。
3.11以降「何が見過ごされたのか」を問い、
災害に対して特に脆弱な人々の存在や、情報へのアクセスをめぐる格差、
といった問題を提起している。
著者の一人が友人であるという特殊事情を措いても、好感の持てる本だった。
自分たちの手にしている情報や立場を絶対化せず、
そこから零れ落ちるものに常に注意が向けられていたからだ。

話は変わるけれども、スマートフォンは危ないと前から思っている。
スマートフォン自体が危ないわけではないのだが、
それを使っているユーザーに危機感を覚えることがある。
インターネットとの距離感がまるで違うのだ。
僕は持っていないので、他人が使っているのを見た推測でしかないが、
スマートフォンのユーザーはほとんど腕時計に目をやる感覚で
インターネットに接続しているような気がする。
そのことが良いか悪いかは僕には分からない。危惧しているのは、
インターネットとのその距離感がすべての人にとって当たり前だと思っていないか、
ということだ。

僕は普段、ノートPC+モバイル接続という形でネットを利用していることもあり、
あまりネットを使っていない。
2日か3日に一度くらいしか、PCをネットにつながない。
この文章も、ウェブ上ではなく、ローカルのテキストエディタで書いたものを
後からコピー&ペーストしたものだ。
普段は携帯(旧来の、いわゆるガラケー)で必要最低限の情報を得ている。
Twitterも、何かつぶやきたいことがあったときなどに携帯で画面を開く程度。
タイムラインを追う、ということも基本的にない。
そして実際、これで何も不自由していない。

世の中が僕に合わせてくれればいいのに、とは言わない
(いいのに、と思うのは確かだけれども)。
ただ、根本的に情報が苦手という人間がいることも分かってほしい。

ある種の被害妄想かもしれないが、いわゆる論壇に立つ人たちや、
Twitter上で議論をしている人たちは、概して情報に強い体質なのだと思う。
僕はああいうふうには振る舞えない。
一を聴いたら、十とは言わないまでも五くらい考えてからでないと発言できない。
しかし考えているうちに話題はどんどん流れていく。
タイミングを逸した言葉が、僕の中に堆積していく。それがストレスになる。
だから引篭っている。

・・・





・・・・・・







a0097088_21225382.jpg





そういえばしばらく書評を書いていないな、と思った。

たぶん僕が、世の中と言葉でつながれる回路を求めるとしたら、
書評というのが一番確実で有意義だろうと自分では思っている。
いや、「思っている」というか、「思い出した」。
弱者には弱者なりに、できることがある。

・・・もっとも、自分が弱者だと思い込むのもたいがい危険なことだけれど。
[PR]
by ariga_phs | 2012-07-16 23:59 | 歳歳年年

サンシャイン水族館
その水族館は、池袋の駅から15分ほど目抜き通りと複合施設を歩いた先にあった。
水族館がビルの屋上にあるというのは、いかにも東京らしい。

a0097088_2223536.jpg
[※画像は本文とは関係ありません]



京都にいた頃は、何度か大阪の海遊館に行ったことがある。
電車を乗り継いで海のそばまで出掛けていく、めったにない遠出だった。
さらに記憶をひっくり返せば、姫路の水族館にも行ったことがあった。
京都のど真ん中に水族館が作られるという、その計画すらまったくなかった頃だ。
水族館は遠いところにあるもの、のはずだった。

サンシャイン水族館は、それほど大きくはない。
しかしその割には、世界各地の水槽が用意され、主な生き物が揃っている。
回遊するイワシ、薄暗い中にたたずむタカアシガニ、大きな水槽を泳ぎ回るエイ、
ラッコにアザラシ、それからペンギン・・・。
都会の真ん中の、それも複合ビルの屋上という立地で、
これだけの生き物を飼うことの大変さと奇妙さ。
ここで大きな地震が起こったらどうなるだろう、という考えがふと、頭をよぎる。

つまり都会的なのだな、と思う。
この水族館そのものが、本来もっと大きいはずの水族館のダイジェスト版のようだ。
遠出の難しい都会人のために誂えられた場所。
忙しい都会人が、短時間でひととおり見ることのできる施設。
平日の昼間ということで、小さい子供を連れたお母さんたちが多い。
あるいは、もしかすると趣味のブログにでも載せるのか、
本格的なカメラで写真を何枚も撮っている人も幾人か見かけた。

水族館って、こんなところだったか。
そんな違和感をどこかに感じつつ、しかしそれでも楽しく見て回る。
考えてみれば、二人で水族館に来たのはこれが初めてだった。
これから先、水族館は遠出の目的地ではなくなるのだろうか。
都会に閉じ込められることのかすかな息苦しさと、
これでいいという感覚とのあいだで、
最後に見たペンギンのコーナーからは、潮と魚の臭いがやけに強く漂っていた。










a0097088_221876.jpg
これは怖い。
[PR]
by ariga_phs | 2012-07-03 23:59 | 歳歳年年

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Vivre Comme Ornithorynque.
筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
ウェブサイトはこちら
カテゴリ
最新の記事
生存確認
at 2013-08-10 21:15
橋本毅彦『近代発明家列伝』
at 2013-06-15 21:32
オディロン・ルドン 夢の起源
at 2013-06-08 21:46
量子の地平線
at 2013-06-02 15:58
仕事
at 2013-05-07 21:26
その他のジャンル