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中江兆民『三酔人経綸問答』
中江兆民(桑原武夫、島田慶次訳・校注)『三酔人経綸問答』
岩波書店(岩波文庫)、1965年


南海先生のところに二人の客がやってきて、酒を呑みつつ三人で政治を談ずる。

「紳士君」は超がつくほどリベラルで、社会進化論を奉じ、
ただちにすべての武力を捨てて完全かつ徹底的な民主主義をとるべきだ、
そのように先進的な態度を示せば西洋諸国は侵略など考えなくなる、と言う。
「豪傑君」は反対に、アジアかアフリカにある某国を攻め、
そこに基盤を築くことで西洋諸国と伍すべきだと説く。
さらに、海外進出は、武力を行使できなくてうずうずしている古い連中、
つまり社会のガンをこの国から切り離すのにも有効だ、とも。

南海先生は両方の中間をとるようにして言う。
紳士君の考えるような民主主義をいきなり実現しようにも、人々はついてこない。
豪傑君の考えるように列強がすぐにでも戦争するというのは現在ではありえない。
政治制度としては立憲制をとり、上院(貴族)と下院(平民)の二院制議会を置く。
外交は友好関係を是とし、万が一、どこかが攻めてきたならば自衛すればよい。
「いやしくも国家百年の大計を論ずるようなばあいには、
奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなことが、
どうしてできましょうか」。

・・・

南海先生はこう言う。
「政治の本質とは何か。国民の意向にしたがい、国民の知的水準にちょうど見あいつつ、
平穏な楽しみを維持させ、福祉の利益を得させることです」。

この態度は、いわゆる大衆への迎合というのと紙一重であるに違いない。
そうならないためには、たぶん、社会のあり方についてのさまざまな可能性、
さまざまな選択肢がこれに先立って存在していなくてはならないように思う。
つまり、単純に国民の意見から政策を作るのではなく、
あらかじめ検討された無数の方針やシナリオから時に合うものを選ぶ。

哲学やら歴史やらが政治にとって何かしら意味を持つのだとすれば、
選択肢を前もって提示する(場合によってはアピールする)ということなのだろう。
そして政治家のほうでは、さまざまな選択肢を手元に揃えておき、
その都度適切な判断を下すことが求められるのだろう(大変な仕事だ……)。

紳士君に対し、君が本当に民主主義を目指しているなら本などで思想を説き、
将来の世代にその実現を託すべきだと言う南海先生。
考えさせられるところが多い。



(以下、覚書;旧字体は新字体に)

p.21「生物が代々遺伝するというダーウィンやヘッケルの学説」

=p.130「ダルワン、ハエッチルの、物類世々遺伝するの説」

p.46「化学者をごらんなさい。なにか少しでも発見すると、
実験室に入って実験するではありませんか。……私たちは、ひょっとすると、
社会学的実験のプリーストリー、ラヴォワジエとなれるかもしれないのです」

=p.151-2「物化学家を看よ。苟も発見する所有るときは、試験室に入りて
試験するに非ず乎。……吾儕或は社会学実験的のプレステリー、
ラウォアジエーと為らん哉。」

p.67「現在、世界中すべての国が争って軍事を奨励しています。
すべて学問上さまざまの素晴らしい発見、成果は、みな戦備に利用されて、
戦備はいよいよ鋭いものとなります。つまり物理学、化学、数学などは、
鉄砲を優秀にし、または要塞を堅固にするし、農、工、商などの産業も
あるいは武器の費用を供給し、あるいは軍糧を供給します。」

=p.170「方今、宇内萬邦の相競ふて武を尚ぶや、凡そ学術の得る所、
種々精妙の効果は、皆資りて以て戒馬の用に供して、益々其精鋭を極む。
即ち物象の学、物化の学、算数の学の如き、或は以て銃■[石馬交]を精にし、
或は以て城塁を堅くし、農工商買の業の如き、或は以て軍器の費に給し、
或は以て糧食の用に充つ。」

p.87「世のなか万事、みな理論と技術との区別がある。
討論の場で力をふるうのは理論です。現実の場で効果をおさめるのは技術です。
医学には、医学理論と医学技術があり、政治には、政治理論と政治技術がある。
細胞の学説や病原菌の理論は、医学理論です。
熱病にはキニーネをあたえ、梅毒に水銀を使うのは、医学技術です。
平等の主義や経済の説は、政治理論です。
弱を強にし、乱を治に変えるのは、政治技術です。
君はどうか理論を研究してください。ぼくは技術のほうを論じます。」

=p.187「天下の事は、皆理と術との別有り。
力を議論の境に逞くする者は、理なり。効を実際の域に収むる者は、術なり。
医道には、即ち医理有り、医術有り。政事には、即ち政理有り、政術有り。
細胞の説や、黴菌の論や、医理なり。熱病に幾尼を投じ、黴毒に水銀を用ゆ、医術なり。
平等の義や、経済の旨や、政理なり。弱を転じて強と為し、乱を変じて治と為す、政術なり。
君、請ふ、其理を講ぜよ。僕、其術を論ぜん。」
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by ariga_phs | 2012-12-16 18:25 | 斜めから読む

最近の話
10月20日だったかに学振特別研究員の審査結果が出て、不採用となった。
通らない可能性はもちろんあると思っていたが、正直あれほど低い評価とは思わなかった。
震災の後で自分は何をするのか、何ができるかを考えた末の書類だっただけに尚更。
それで一気に緊張の糸が切れた。

何か1つのことに自信を無くすと、連鎖的にいろいろと自信を失うものだ。
そこからの1ヶ月ほどは、毎回授業のたびに「うまくいかなかった」という繰り返し。
だいたい、こちらが自信なく喋っている講義が聴く側に面白く聞こえるはずはないわけで、
こうなると負のフィードバックループにはまってしまう。
学生さんには申し訳なかった。

救いだったのは市民講座。
ちょうど学振の結果が出た直後から、だいたい毎週1回、計5回話をした。
コペルニクスからニュートンまでという、ある意味では素朴過ぎるようなテーマを、
自分なりのまとめ方で話すという試み。
受講生の方々(ほとんど60代以上)は物凄く熱心で、反応はとてもよかった。
「ぜひ続きをやってほしい」「ぜひこの内容を本にして出してほしい」
といったことまで、何人かの方からは言っていただいた。
これが無かったら本当につぶれていたかもしれない(精神的に)。

11月のあいだに、9月の研究集会で発表した内容を論文(英語)にまとめた。
それから、来年の国際科学史会議で発表するための要旨(英語)を書いた。
前者に関しては、校閲に出している余裕がなかったけれども仕方ない。
後者に関しては、参加費用などをどうするのかという大問題があるけれども、
ある先生の紹介でシンポジウムに参加することになっているのでともかく書いて出した。
それからさらに、公募への応募が一件(推薦状をいただいた先生方に感謝します)。
・・・あの精神状態でよくこれだけ進められたと思う。

博士論文の年内提出は断念した。課程博士の期限には間に合わなかった。

本当は、上で書いたもろもろを手放してむしろこちらを取るべきだったとも思う。
しかし仮にそうしていたとしても、間に合ったのかどうかは分からない。
とりあえず出来たところをまとめて出す、というのが賢い選択だったのも知っている
(実際、ある人からは何度もそのように説得された、とても有難かった)。
けれども、ようやく自分の中で話の筋が通りそうな感触がある中で、
中途半端なものはどうしても出したくなかった。
思っていたよりも自分は、器用な人間ではなかったらしい。

ここ数ヶ月、授業などを除けば、研究会にも顔を出さず、人ともほとんど会わず、
それどころか授業や論文や書類に関わる以外のものを、
読んだり書いたりすることすらしなかった。
結果としてこれは、精神衛生上、とてつもなく悪かったと反省している。
兎角いろいろなものを「面白い」と思ってかじってみる、という雑食系の生き方が
本来の自分の流儀にもかかわらず、それを過剰に抑圧したのはよくなかった。

そういうわけで、ブログの更新なども再開していきたいと思う。
今日の昼間は数ヵ月ぶりに、自分の研究とは直接関係のない
科学史の専門書(英語)を読んでいた。
とても楽しかった。

ようやくそこまで戻ってきた。
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by ariga_phs | 2012-12-08 22:38 | 歳歳年年

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筆者プロフィール
有賀暢迪(1982年生)
科学史家。筑波在住。
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