先日、実家に帰った折に過去の品々を整理していると、
かつて学部生の頃に受けた”職業適性テスト”の結果が出てきた。
何が書いてあったかはほとんど覚えていなかったが、
向いている職業の第1位だけは記憶にあった。「基礎研究」。
その頃、自分はこの結果に当惑したのだった。
確かに向いているかもしれないが、それになりたいとはあまり思わなかった。
むしろ、なりたいと思っていた大学教授というのが少しばかり低めの順位
――確か第7位あたり――だったのを残念に思ったように記憶している。
結果論だが、今の自分の職業は強いて言うなら「基礎研究」に近い。
科学博物館なのだから「学芸員」ではないのかと思われるかもしれないが、
実のところ自分の身分は「学芸員」ではなく「研究員」であって、
研究することが仕事になっている(少なくとも、建前の上では)。
もっとも、「学芸員」として働かねばならない場面というのも往々にしてあって、
その点については大変複雑な心境があるのだが、今回はその話は措く。
大学の教員ではなくて博物館の研究員になった、という一文の、
「教員」と「研究員」の部分について書きたい。
2月末に就職の内定をいただいたあと、最初にしたことは、
すでに来年度担当の決まっていた非常勤先にお詫びすることだった。
ほとんどの場合、次年度のシラバスは年明け頃には提出してしまう。
僕の場合も例外ではなく、すでに次年度の授業計画は作ってあった。
その授業たちを担当することを、わりと楽しみにしていた。
続投する授業については、今年うまく行かなかった部分を来年どうするかを、
初めての授業については、どんな話をどんなふうにしていくかを、
楽しみにしながら計画を立てていた。
それらを担当できなくなったことが、今回の就職にあたってほとんど唯一の
心残りだったと言っても、たぶん言い過ぎではないと思う。
ただ、案外そうではないのかもしれない、と最近、思い始めている。
きっかけはやはり実家に帰っているとき、同じく帰省していた妹が、
好きな仕事と向いている仕事は違うと発言したことにある。
詳細は省くが、彼女は好きな仕事を辞めて、今は向いている仕事をしているのだという。
それは諸々の事情を考えてみるにまったく的を射た自己分析だと思ったのだが、
同じことが僕の場合にも言えるのではないか、ということにも同時に思い至った。
授業をすること、教えることは、確かに好きなのだ。
それこそ、許されるならばどれだけ準備に時間と手間を注ぎ込んでも惜しくない程度に。
けれども昨年度、非常勤で数コマの授業を担当しながら、僕は漠然と、
「<やりがい>の搾取」(本多由紀)をも感じていた。
たぶんこういう働き方は人間としてよくない、ということを、なんとなく思っていた。
研究は、それとの対比で言うなら、僕にとってはもっと冷静に、あるいは自然に、
進められるような営みだと思う。
それが自分にとってまったく無理のない行為だというのは、
着任後1ヶ月のあいだに自分が行ってきたことを振り返れば分かる。
要するに、勤務時間外には、職場での研究のことをほとんど考えていないのだ。
教育ほどの「やりがい」はもたらさないかもしれないが、
確かに向いている仕事なのだと認めざるを得ない。
好きなことを仕事にできるのは幸せなことだ、と以前は思っていたし、
それがうまくできるのであれば、そうするに越したことはないと今でも思う。
ただ、そうではないような、それでいて満たされた働き方も案外あるのではないか。
これからしばらくは、そういう可能性を探ってみたいと思っている。